ある昼さがり。

ブルマは1歳になった娘に、ダイニングでおやつを食べさせていた。

 

「あっ、イチゴだ。」

やってきたトランクスが、器から一粒つまむ。

その時、ブルマの携帯が鳴った。

 

「・・はい。 ええ、その件なら・・・。」

仕事の電話だった。 

ブルマは 『ちょっと、ブラをお願い』 と 息子に目くばせして、別室へ急いだ。

 

電話を済ませて戻ると、トランクスがにやにやしている。

「さっき水飲みに来てたパパに、ブラがイチゴをあーん、って

 口に入れてあげたんだよ。 届かないから、おれが抱っこしてさ。

 パパ、何とも言えない顔してたなぁ。」

「あら・・・ ふふっ。」  ブルマが何かを思い出したようだ。

 

もう10年以上前。

トランクスが今のブラと同じくらいの頃のことだ。

 

この部屋の同じテーブルで、ブルマはトランクスに食事をさせていた。

サイヤ人の血を引くだけあり、幼いながらも食欲旺盛なので

口に運んでやるのが間に合わない程だ。

そこへ、トレーニングを終えたベジータがやってきた。

「あら。 ごはん食べる?」

 

何も言わずに、ベビーチェアに座るわが子と離れた席につく。

 

ブルマは、「今日、母さんいないのよね・・・。」とつぶやいて

調理と給仕ロボットのスイッチを入れ、トランクスの食事の世話に戻る。

それが少々面白くないベジータは、その日に限って口を挟んできた。

「まったく、世話の焼きすぎだな。

そんな育て方をするから地球人は、どいつもこいつもひ弱なんだ。」

 

当たり前じゃないの。 まだ小さいんだから。

いくら あんただって、このくらいの頃は誰かに世話を してもらってたはずよ。

 

頭に浮かんだその言葉を、ブルマは口に出さなかった。

大人になる前の彼を知る人は、もういないのだ。

「今のうちだけよ。 すぐに大きくなっちゃうんだから・・・。」

 

実際に大きくなった姿をさんざん見せられたベジータは、黙って食事を始めた。

 

「はーい、ごちそうさま。 たくさん食べたわねぇ。」

幼い息子の手や口元を拭いてやりながらブルマは

「待っててね。 今日は、いいものがあるのよ。」 と言って、隣のキッチンへ入って行った。

残されたトランクスは、

すごい勢いで何皿もの料理をたいらげる父親を彼そっくりの目でじっと見つめていた。

 

「お待ちどうさま。」 

ブルマが新しい器を手に、戻ってきた。

中に盛られた真っ赤なイチゴを見て、トランクスは、きゃっきゃと歓声をあげる。

「おいしいわよー。 ・・・あんたも食べる?」

返事をしないベジータを気にすることなく、彼女は息子と大好物を味わっていた。

 

すると、カチャ、とチェアのベルトをはずす音がして

あっという間にトランクスが床に降りてしまった。

小さな彼は、タタタと父親に駆け寄って、手にしたイチゴを差し出した。

「はい。  はい。」

 

何ともいえない沈黙の後、

ベジータは小さな手からそれを受けとり、自分の口に放りこんだ。

「・・座って食え。」 と声をかけてやりながら。

 

 

幼いころの話を聞かされて、

10代のトランクスが照れながら器に手を伸ばすと

それよりも早く、ブラが 「あーん。」 と一粒差し出した。

小さなその手は、笑う母の口にもイチゴを入れる。

 

少女のころに夢見た、食べきれないほどのそれよりも

ずっと甘く瑞々しく、幸せな味がするとブルマは思った。

 

197.『イチゴ』