358.『年月(としつき)』
[ ブログ開設一周年記念のリクエストで書かせていただいたものです。]
夜、 C.C.。
その日 ブルマはユニットバスではなく、広い方の浴室にいた。
彼女はそこで、鏡に映る自分の姿を見つめている。
角度を変えてみたり、時々はため息をつきながら。
その時 ドアが開いた。
声もかけず まるで当たり前のような顔をして、彼女の夫が入ってくる。
それについて、ブルマはもう何も言わない。
洗ってあげる、 と言っていないのに
彼は椅子に腰をおろす。
ブルマも両手をお湯で濡らして、シャンプーを泡立て始める。
「何をしてたんだ。」
ベジータが、めずらしく自分の方から話しかける。
「わたしって いい女だなぁ、って見とれてたのよ。」
あきれた様子の夫に向って付け加える。
「だけど、もう若くはないわ。 ほんとに若い子とは
やっぱり違うわよね。」
ベジータは何も言わない。
ブルマは、彼の髪についた泡をお湯で流した。
そして、立ち上がってしまう前に 正面に跪いて 彼の顔をじっと見つめた。
「・・なんだ。」
「あんたは、出会った頃とほとんど変わらないわね。」
濡れた前髪が、彼の額を覆っている。
しなやかな彼女の指先が、それに優しく触れる。
「この髪形だと、特にそう思うわ・・。」
ブルマは 思いだしていた。
ベジータが地球に来て まだ日が浅い頃。
食事の用意ができたと、彼を呼びに行った。
母に任せても構わないのに、なぜか自分が行きたかった。
重力室にいないと思ったら、別の方向から歩いてきた。
シャワーを浴びていたらしい。
『ベジータ、食事よ。 あら・・?』
ブルマは 彼をじっと見つめる。 印象が違っていたためだ。
視線に気づいたベジータは、乱暴に髪を掻きあげて
いつものスタイルに戻してしまった。
食堂のテーブルについた彼の 向いの席に陣取って、
ブルマは何度も手をかざす。
『ねぇ、 前髪、おろした方が似合うんじゃない?』
彼女の言葉を無視して、ベジータは出された料理を食べ続ける。
『どうして おでこを出してるの?』
一息ついたのか、彼はようやく口を開いた。
『・・視界が暗くなるからだ。』 『えーっ、 おおげさね・・。』
ブルマは、さっき思ったことを言ってみる。
『もしかして、幼く見えるのがイヤなの?』
その時のベジータの顔。
怒ったみたいな、でも言い当てられて驚いたような・・・
あの時、 なんだか とてもうれしくなった。
彼のあんな顔を見たのは わたしだけかもしれない。
そう思ったから。
あれから、何年経ったのかしら。
いろんなことがあったけど、
ベジータは これまでに、わたしだけしか知らない顔をたくさん見せてくれた。
子供たちも大きくなって、もうお風呂に一緒に入ることもない。
だから この髪形を見るのも、今は
わたしだけね。
「前髪があっても・・ 」 ついばむようにキスをする。
前髪を両手でそっと掻き上げて、額に唇を寄せる。
「無くても、どっちも好きよ。」
そして、試しに尋ねてみる。
「あんたは、若い頃のわたしと 今のわたし、どっちが好き?」
「わからん。」
やっぱりね。 そう言うだろうと思ったわ。
ため息をついた後で わたしは笑う。
だけど、好きかどうかが わからないわけじゃない。
それはもう、ずいぶん前からわかってる。
だって・・・。
「ヤダ、 ちょっと、 あがってからにしてよ・・ 」
もう若くないって、さっき言ったばかりなのに。
時間の流れる速さが、わたしとは違っている人。
だけど 洗ってあげた髪からは、同じシャンプーの香りがした。