127.『トラブルの原因』

「いたた・・ もぉ、勘弁してよー。」

悲鳴にも似たブルマの声。  ベジータは、ソファの方を見た。

おとなしく ブルマの膝の上にのっていたはずのトランクスが

彼女の着ているTシャツの裾をまくりあげて、白い胸に吸いついている。

 

トランクスは1歳を過ぎた。

サイヤ人らしい旺盛な食欲を見せ始めており、とうに乳離れしていたはずだ。

 

「今日、チチさんたちが遊びに来てね・・・

 わたしが悟天くんを抱っこしたら、ヤキモチ妬いちゃったみたいなのよ。」

説明をしながら、ブルマはまた声をあげる。

「いたーい。 歯が生えてきてるし、力も強くて・・・ 」

 

ブルマの趣味により、もうベビー服など着ていないトランクスは、いっぱしの子供に見える。

ベジータは、何ともいえず不快な気分になった。

「おい・・・。」   つい、口に出してしまった、その時。 

トランクスがブルマの胸から顔を離して、父親の方を見た。

父と子は、一瞬にらみ合う形になる。

 

しかしベジータは、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

 

「ベジータ?  パパ、どうしたのかしらね?」

母の問いに答えることなく、トランクスは再び胸に吸いついた。

 

「チッ、 なんだ、あのガキ。」

舌打ちをしながらベジータは、ブルマの膝の上にいた我が子を思い出す。

『文句あるのか』  とでも言いたげな目つき。

ブルマと二人でいる最中、誰かに踏み込まれたとしたら

自分もあんな顔をするのかもしれない。

 

「寝たと思って、離れようとすると泣きだしちゃって。」

その夜、ブルマは寝室に来なかった。

 

こんな気分にさせられるのは、青年になった姿を先に見てしまったせいなのだろうか。

あれから五年ほどが経ち、トランクスが六歳になってからも

ベジータは時々 そんなことを考えていた。

 

「今、何か別のこと考えてるでしょ・・・。」

ベッドの中、自分の下でブルマは不満を漏らす。

ベジータは皮肉な口元に笑みを浮かべて、自分を睨む女の顔を覗き込む。

「もう。 顔、 見ないで ・・・ 」

ライトを消そうとするブルマの手首をつかんで、唇を塞いでやろうとした、

その時。  彼は動きを止めた。  「どうしたの?」

 

ブルマの問いかけと ほぼ同時に、寝室のドアを叩く大きな音がした。

..内の頑丈な扉をこれだけ激しく叩き続ける者、

それは、やはりサイヤ人の血を引く・・・

「トランクス。 どうしたの、泣いてるの?」

素早くパジャマを身に着けたブルマが、ドアを開ける。

「ママぁ。 ママが、悪い奴に襲われてると思ったんだ。」

 

悪い奴。 

ブルマは思わず笑ってしまい、ベジータはこれ以上できない程、苦々しげに背を向けた。

 

「怖い夢を見たのね。 ゲームばっかりやってるからよ・・。」

彼女は少しの間、ベッドの方を見ていたが、声はかけずに

「よいしょ。」と トランクスを抱き上げて子供部屋に向かった。

 

その夜も、ブルマは寝室に戻らなかった。

 

ベジータが重力室でのトレーニングを息子に許してやったのは、その翌日のことだった。

『体力が余っているから、くだらん夢など見るんだ。』

父親の思惑をよそに、トランクスは大張りきりだった。

 

『強くなって、悪い奴からママを守ってあげるんだ。』

 

さらに月日は流れた。

トランクスは、別の未来からやってきた彼とほぼ同年になり

年の離れた妹もできた。

 

「きゃはは! 高ーい。」  「もう、降りろよ。」

 

居間にいた息子と娘に、ブルマは声をかける。

「にぎやかね。 まぁ、肩車してもらってたの。」

「こいつ自分で飛べるくせして、なかなか降りないんだ。」

「イー、だ。」 ブラはひらりと、兄の肩から飛び降りた。

 

「そうね。そういうのは、飛べないママのためよね。」

ブルマは、すっかり背が伸びた息子の肩に腕をまわす。

トランクスは反射的に、母親を抱きかかえてしまう。

「きゃー、 いつもと高さが違うわ。」

 

子供のようにはしゃいだ後で、声をおとして息子に尋ねる。

「トランクスは、恋人はいないの?」 「・・いないよ。」

「じゃあ、好きな子は?」  「・・・。」

よくわからない、と答える前に、ブラが声をあげた。

「あっ。 パパ。」

 

「・・・寝るぞ。」 

言い捨てて立ち去った夫を追いかけながら、ブルマは

「おやすみ。 早く寝るのよ。」と、兄妹に声をかけた。

 

「パパは、どうして怒ってたの?」

妹の質問に、兄はこう答えた。

「ママが大好きだから、誰にも触らせたくないんだろ。」

ママには言わなかったけど、おれにも一緒に出かけるくらいの女の子はいる。

だけど、誰にも渡したくない、ってほどじゃない・・・。

 

ブラがぽつりとつぶやいた。 「ママは、いいなぁ。」

えーっ、ほんとにそう思うのか。 結構たいへんそうだけどなぁ。

 

けれど、妹の小さな手を引きながらトランクスは言った。

「・・・うん、 そうだな。」 

 

おれにもいつか、そんな相手ができるのかな。 

今はまだ、わかんないけど。