188.『パパ、お願い!』

「ごめんね、 どうしても外せないのよ・・・。」

 

ブラが生まれて三か月。

休暇をとって育児に専念していたブルマだったが、

自分でなくてはならない仕事があり、家を空けるという。

 

「できるだけ早めに帰るから。」

そうベジータに言い残し、ブルマは出かけて行った。

久しぶりに化粧をし、仕事用のスーツを着こんで。

 

ベジータは 軽く考えていた。

小さな娘は、居間に移したベビーベッドですやすやと眠っている。

目を覚ましたら、トランクスに世話をさせればいい。

 

学校が休みであるはずの息子が家にいないことに

彼が気づいたのは、ブラが真っ赤な顔をして泣きだした後だった。

 

んぎゃああぁぁーー  んぎゃあぁぁーーー

 

「くそっ・・・ チビのくせに、まるで怪獣だな・・・。」

 

女児とはいえサイヤ人の血を引く赤ん坊の、けたたましい泣き声。

玄関のチャイムが鳴ったことに、ベジータは気付かない。

「おい、どうしたんだ・・・。 具合でも悪いのか・・・。」

抱き上げた腕の中でのけぞって泣く我が子に、無駄と知りつつ話しかける。

ようやく彼は思い至った。  「腹が減ってるのか。」

 

はた、と目を上げたその時。

窓の外からこちらを見ている悟天が視界に入った。

防音のため聞きとれないが、何か言いながらノックしている。

 

「こんにちは・・・ 大変そうですね。 どうしたんですか・・・?」

「見てのとおりだ。 ちょっとこいつを頼む・・・。」

 

キッチンでミルクを作って居間に戻ると、ブラの泣き声が治まっていた。

慣れた手つきの悟天に抱かれ、まだ少しだけぐずっていたが

さっきよりも ずいぶん落ち着いている。

しかも悟天は、ベジータが手にしている哺乳ビンに触れて

「少し熱くないですか?  大丈夫かなぁ。」 などと言う。

 

結局、悟天がそのままブラにミルクを飲ませる。

「わー。 パンより華奢に見えたけど、やっぱりすごい食欲だなぁ。」

 

そう。 

孫家にもブラの誕生より半年ほど早く、赤ん坊が生まれていた。

悟飯とビーデルの娘、 パンである。

 

「おかあさんが、うちでよくあずかってるんで・・・ 」

げっぷをさせる手つきも、慣れたものだ。

ホッとしながらも、ベジータは何となく面白くない。

そんな彼に、悟天は何気なく言った。

「ブラちゃん、 ベジータさんのこと、じーっと見てますよ。

 自分のお父さんだって、ちゃんと わかってるんだなぁ・・・。」

 

小さな 小さな娘の、妻によく似た青い瞳。

しばしの沈黙のあと、ベジータが口を開いた。

「おまえは何しに来たんだ。 トランクスに用か。」

「あっ、 そうなんですよ。  あ、 あれ?」

悟天が眉間にしわを寄せ、においを嗅ぐ仕草をする。

 

「ベジータさん・・・  おむつ、替えられますか?」

 

 

ブルマが帰宅したのは、夕方だった。

 

「ただいま!! ゴメンね、 遅くなって。」

話もそこそこに、夫の腕から娘を奪ってソファに腰かけ、授乳を始める。

「はぁ・・・  わたしもつらかったわ。  長時間離れるのは、まだムリかも・・・。」

 

「やっぱり、ミルクより こっちの方がいいんだ・・・ 」

いつの間にか戻ってきていたトランクスが覗き込んでいる。

ベジータは恐ろしい形相で、息子の首根っこを掴んだ。

 

「い、 いたた・・・ 悪かったよ、手伝わなくて。」

「・・悟天が来てたぞ。」  怒りを抑えた声。

「ああ、 学校の宿題のために、去年のおれのノートを貸してほしいって言ってたんだ。」

「届けてやれ。 今すぐにだ。」

今から?! と、つべこべ文句を言う息子を追い立てながら

ベジータは、帰りがけの悟天の言葉を思い出していた。

 

「おかあさんがよく言ってます。

 赤ちゃんや、小さい子の面倒を見てやることで、

 自分が子供の頃お世話になった恩を返してるんだって・・・。」

 

王子として生まれ、戦闘力もずば抜けていた自分は

見知らぬ星に送られることはなかった。

自分もこんな頃は、故郷で誰かの手を煩わせていたのだろうか。

 

こんなことは目の前にいる女に出会っていなければ考えもしなかっただろう。

 

「ブラったら、あんたのこと、ずっと見てるわよ。」

そう言ってほほ笑むブルマは二人きりの時とは違う、母親の顔をしていた。