LOVE&HATE

ブラは、15歳くらいをイメージしました。

恋に恋するといいますか、ブラ目線のヤムブル・ベジブルというかんじの内容です。]

「ヤムチャさん!」 

駆け寄って、声をかける。 

仕事が早く終わるという曜日を、わたしはちゃんと覚えていた。

 

「ブラちゃんじゃないか。 どうしたんだい、 こんな所で。」

「友達の家からの帰りよ。 ヤムチャさんのアパート、この近くだったなって思って 来てみたの。」

すらすらと、嘘が口から出てくる。

「おしゃべりし過ぎたのかしら。 なんだか、のどが乾いちゃった。」

「・・その辺の店で、お茶でも飲むかい?」

「うん! だけど、 」 大きくうなずいた後でわたしは言った。

「お店じゃなくて、ヤムチャさんのおうちに行ってみたいな。」

 

少しだけ、ためらったような顔をしていた。

それでも、ヤムチャさんはわたしを 自分の住む部屋に案内してくれた。

ドアを開けてもらう。 「お邪魔しまーす。」

「どうぞ。 狭くて びっくりしただろ。」

確かに。 だけど 物があんまり無いせいか、思ったよりは 狭さを感じない。

それよりも、天井が低いことに驚いてしまった。

 

「コーヒーくらいしか無いんだけど。」 「あっ、わたし コーヒー好きよ。」

ヤムチャさんがスイッチを押したのはもちろん、C.C.社製のコーヒーメーカーだ。

うちにある物より小さいけれど、わりと新しめの製品だ。

わたしは尋ねてみた。 「ねえ、 ママって ここに来たこと、あるの?」

「いや。 ここには無いよ。」

 

ここには。 ヤムチャさんは、わたしが知っているだけでも何度か引っ越しをしている。

「あ、 いや・・ 部屋に来たことなんか無いよ。 

だって、いつもおれがC.C.に遊びに行ってるだろ?」

「そうね。」  短く答えを返した後、運ばれてきたカップに口をつける。

「でも、他の女の人は来るんでしょう?」

わたしの言葉に、ヤムチャさんは苦笑いの表情になる。

「そんなの、もう無いよ。 ブラちゃんのおじいちゃんって言っても 通用する年なんだよ、おれは。」

そう。 わたしはずいぶん遅くに生まれた子だ。

いつまでも若い姿でいるパパと、若く見られるための努力を惜しまないママを見ていると

つい忘れてしまうけれど。

 

「若いうちにママと結婚してたら、今頃わたしくらいの孫がいたかもしれないわね。」

「そうだなあ。 だけど、 」 

手にしていたカップを置いて続ける。

「そうなってたら、トランクスにもブラちゃんにも会えなかったわけだからね。」

そして、静かに付け加えた。 

「これで、よかったんだよ。」

 

コーヒーを飲み終えてしまったら、送って行くと言われるだろう。

だから わたしは、わざとゆっくり口に運ぶ。

「ねえ、どうして ママと別れちゃったの?」

「なんだか質問責めだなあ。」 

ヤムチャさんは、困った顔で笑っている。

「だって 二人きりで話せること、あんまり無いじゃない。」

家に来てくれる時には、いつだってママがそばにいるんだもの。

 

「理由は・・ ブルマから聞いたことあるだろ?」

「あれ、 嘘なんでしょ。」  

いつの頃からか、わたしは そう考えるようになっていた。

「嘘じゃないよ。 半分くらいはね。」 

ずっと聞いてみたかったことを、わたしは口にする。

「もう半分は、パパのせい?」

「・・四分の一位は、そうかな。 いろんなことがあったんだよ。 結構長い付き合いだったからね。」

そう言った後、 指を折って数え始める。

「そうだよ。 ちょうどブラちゃんが生まれてから、これまでくらいの年数だ。」

 

そんなにも長い年月を過ごしてきた二人が、

恋人じゃなくなってからも 友達でい続けていること。

わたしには まだ、ちゃんとは理解できない。

最後の質問のつもりで、わたしは言った。 

「ヤムチャさんは、パパのことが憎い?」

「いや。」  

はっきりと答える。 まっすぐに、わたしの目を見ながら。

「もう、そんな気持ちは無いよ。」

 

その後の、ヤムチャさんの顔。  

おだやかで優しい、なのに とっても、寂しそうな顔。

男の人が自分の前で こういう顔をした時、ママがどうするのかをわたしは知ってる。

だけど・・  

そんな時のママはきっと、後のことをあまり考えていないのだ。

その場に一人残された男の人が、どういう気持ちになるか なんて。

だから わたしは、ママの真似はしなかった。

そんなわたしに、ヤムチャさんは また同じことを言った。

「おれは、君のおじいちゃんで通用する年なんだよ。」

 

そして、送ってくれた帰り道、こんな話をしてくれた。

今はもういない ママの両親、わたしのおじいちゃんとおばあちゃんの話を。

「君のおじいちゃんは、本当にいい人だったなあ。 おばあちゃんも・・。とっても、優しい人だったよ。」

 

胸の奥が痛くなる。

小さい頃は その腕や背中を目がけて、平気で飛びついていたのに。

そうできなくなった今も わたしは、ママみたいにキスでなぐさめてあげられない。

だから代わりに、右手をそっと伸ばしてみた。

大きな手の、温かさが伝わってくる。

わたしと同じくらいの頃の二人は、こんなふうに 手をつないで街を歩いたのだろうか。

 

別れ際、ヤムチャさんがわたしに言った。

「ブラちゃんも、もうじき出会っちまうんだろうな。」 

「? 誰に?」

「ステキな恋人だよ。 旅に出なくても、神龍に頼まなくても、出会うときには出会うんだよ。」

 

ステキな恋人、 運命の人。

ママには二人いて、ヤムチャさんにとっては きっと、一人だけだったのだろう。

 

家に戻る。 

出かけてはいないと思うのに、ママの姿が見当たらない。

社長の椅子をお兄ちゃんに譲って数年。

ようやく のんびりできるようになったママが午後を過ごしている所、 それは・・・

重力室の扉を開く。 「あら、おかえり。」 

ママは作業着姿で、装置の調整をしていた。

「パパは?」 「外に出て行ったみたいよ。」

重力装置の調子がちょっとでも悪くなると、パパはいつもそうしてしまう。

しばらくの間 わたしは、作業をしているママの背中を見つめていた。

 

小さな声でつぶやく。 「ママなんて、嫌いよ。」

「あら、そう。」 まるで気にしていないような声。

パパやお兄ちゃんとは違って、憎まれ口を叩いても怒らない。

『憎らしいことを言われるのは慣れっこだもの。』

そんなことを言って笑うのも嫌い。

ステキな恋人がいたくせに、パパを好きになったこと。

そして、今でも変わらず愛され続けていること。 

さっきよりも、大きな声で言ってみる。 「大っ嫌い。」

 

「嫌いでも何でも構わないけど、 」 言葉を切って、ママが振り向く。

「見てるんなら、あんたも少し覚えなさいよ。」

重力装置の修理と調整のことだ。 

「・・お兄ちゃんだって、できるじゃない。」

それに やろうとしないだけで、パパだって きっと、もう自分でできるんだと思う。

 

「トランクスは忙しいし・・・。 わたしも、この先いつまで できるかわからないから、ね。」

ごく たまに、ママはそういう言い方をする。

しょっちゅう美容院に行って、うんと若い子向けの化粧品を試したがって、

お小遣いで買ったわたしの服を、勝手に着ようとするくせに。

 

「きゃっ、 もう。なによ・・・。」

装置の前に膝まづいていたママの、華奢な背中に寄り添ってみる。

頬を寄せると 体温と、甘い匂いが伝わってくる。

ママの匂い。 男の人には別の意味を持っているのだろう。

だけど わたしにとっては優しい、とてもなつかしい匂い。

「まったく、憎らしい口をきくくせに甘えん坊よね。 いったい誰に似たのかしら。」

わかってるくせに、そんなことを言うママ。

だから わたしは、もう一度言った。 「ママなんか、嫌いよ・・。」