「はっきり言ってやろうか? これで地球は終わりだ。」
彼の一言で、戦士たちは沈黙する。
だが、逃げ出すわけにはいかない。
やられるとわかっていても、応戦できるのは自分たちだけなのだ。
スカウターでさとられぬよう、じりじりと歩いて近づく。
絶望感が広がる中、心のどこかで 彼は安堵していた。
フリーザが生きている。 つまり、奴はフリーザを取り逃がした。
超サイヤ人になったなど、何かの間違いだったのだ。
下級戦士ごときに、そんなことが可能であるはずがない。
その時。
フリーザ一味がいるはずの 山の向こうに、別の大きな気が現れた。
まばたきをしている間に複数の気が消え、
数秒のちにはフリーザと もう一つの邪悪な気も消えた。
残っているのは・・・
「お父さん! お父さんの気だ!!」
悟飯の歓声とともに、戦士たちは飛び立つ。
そこで皆が、そして彼が目にしたもの。
それは巨大な空母が、フリーザとその一味の亡骸が、
エネルギー波によって焼き払われている光景だった。
まるで、何事も無かったかのように。
見知らぬ星の服を着込んだカカロットは、既に超化を解いていた。
乗ってきた宇宙船が 着陸した形跡は無い。
奴は なんと、知人の気を見つけて
瞬間的にその場に移動するという荒技まで ものにしたというのだ。
フリーザらの気を察知したカカロットは、宇宙船を乗り捨てる形で地球に降り立った。
装備も無しに、文字通り 身一つで。
ようやく会えた息子を抱き上げ、仲間たちに笑顔を見せる宿敵。
離れた場所で その姿を見ていた彼・・
ベジータの心中には、認めたくない思いが広がっていた。
ついさっき、カカロットの野郎はフリーザを抹殺した。
戦闘民族の王子である自分をも顎で使っていたフリーザを下したということは、
事実上この宇宙の覇者と言える。
奴が超サイヤ人になったきっかけは、
共に歩んできた仲間を眼前で殺されたことへの怒りだという。
邪魔者を ためらいもなく殺してきた自分には、到底理解できない心情だ。
それは つまり、自分は超サイヤ人にはなれないことを意味していた。
価値観を覆され、彼はひどく苛立った。
その後 数日経ってもトレーニングをする気になれず、あてもなく空を飛んでいた。
都を遠く離れ、眼下にはのどかな風景が広がっている。
そう。 彼は いつの間にか、パオズ山に来ていたのだ。
小さな家が見える。
庭先に人の姿を見つけて、彼は地面に降り立った。
人影は、女だった。 「あんた・・ ベジータか。」
カカロットの妻、チチだ。 C.C.を訪れているのを何度か目にした。
かごを持っている。 庭で何か、作業をしていたらしい。
「悟空さは修行に出てるだ。」
宿敵が近くにいないことを、彼はとっくにわかっていた。
「今日あたり、一旦戻ると思うだよ。 そろそろ おらが作るメシが恋しくなる頃だからな。」
用があるなら、少し待ってみるか? そう続けようとした彼女に、彼は意外な話を切り出した。
「貴様の父親も、王と呼ばれる者だそうだな。」
C.C.で、誰かに聞かされたのだろうか。
「貴様は、どこぞの姫君だったというわけか。」
王子である彼は、そのことに少なからず興味を抱いたらしい。
「・・小さな領地を治めてるだけだよ。」
「それが今では、こんな暮らしか。気の毒にな。」
「おらは別に、贅沢したいわけじゃねえ。」 きっぱりと告げる。
「だども悟空さには、もう少し落ち着いてもらいてえもんだな。
結局 悟飯まで連れてっちまって・・。」 最後は
ぼやきになった。
家の扉を開けて 入るよう促そうとした、その時。 強い力で背中から抱きすくめられた。
「何するだ!」
彼女の問いに答えることなく、その耳元で 彼はささやく。
「下級戦士の妻というのは、苦労が多いな。」
「余計なおせわだべ。 さあ、離すだよ。」
武術に長けた彼女にも、太刀打ちできる相手ではない。
あっという間に体勢を入れ替えられ、地面の上に組み敷かれる。
「王だった俺の父親はな、下級戦士の女どもを集めさせて 片っぱしから手をつけていたんだ。」
「最低だ、そんな・・・。」
覆いかぶさる男に向かって、彼女は気丈に言い返す。
「もちろん、夫があるかどうかなどお構いなしだ。さぞかし恨まれたことだろうな。」
どうにかして逃れようと、彼女は必死に身をよじる。
「そんな王様のいる星は、滅ぼされちまって当然だ。」
「そうかもしれんな。」 意外にも彼は、怒りの表情を彼女に見せない。
「おそらく カカロットの母親とも関係を持ったのだろうな、俺の父親は。」
「え・・・?」 彼女は、大きな瞳をさらに見開く。
長い睫に縁取られた瞳も、きちんと結いあげた長い髪も、サイヤ人の女と同じ色をしている。
「カカロットの母親か。案外、貴様のような女だったのかもしれんな。」
彼は手を動かして、彼女の服の襟元を掴んだ。
「・・・!」
布が引き裂かれる音。 白い胸が、露わになる。
庭仕事をすることの多い彼女だったが、服に隠されている部分は まるで日に焼けていない。
「妻の一大事だと言うのに、貴様の夫はずいぶん遅いな。」
そう言って、形の良い乳房に手を触れた、ちょうどその時。
「お母さんから離れろ!!」 怒りに満ちた、少年の声が聞こえた。
「やっと お出ましかと思えばガキの方か。父親はどうした。」
わざとゆっくり体を起こし、彼は彼女の上から離れた。
「おまえなんか・・ このボクがやっつけてやる・・。」
声が震えている。恐怖ではなく、怒りのために。
「悟飯! やめるだ!! 手を出しちゃならねえ!!」 「お母さん・・。」
母の叫びで、迷いが生じる。
「おっかあは、何ともねえ。 何にも無かったんだ。 このとおり、ケガもしてねえ。」
息子を想う母親が必死に訴える中、彼が口を挟む。
「おしゃべりなどしていないで、さっさと済ませておくんだったな。」
「何だって・・?」 顔を上げて、悟飯が聞き返す。
「母親が犯されている現場を目にしていたら、貴様も超化できたかもしれんぞ。」
嘲笑うかのように言い放った、その瞬間。
弾かれるような衝撃を体に受けて、彼は倒れた。
「もういっぺん言ってみろ・・。」
「お父さん!!」 「え、え・・っ? 悟空さ、なのか・・?」
黄金色に輝く髪。 そして 髪と同じ色の気を纏ったような、その姿。
「瞬間移動というやつか。 それに、超サイヤ人・・。なるほど、フリーザに勝つわけだ。」
「ベジータ・・ てめえがそんな奴だとは思わなかったぞ。」
翡翠色の瞳が、怒りに燃えている。 それを尻目に、彼は居直る。
「フン。 これもまたサイヤ人、というわけだ。」
そうだ。 自ら生産をせず 侵略と略奪を糧とする、残虐非道な戦闘民族。
だからこそ、ずば抜けた戦闘力とおだやかな心が結びついた超サイヤ人は
伝説の戦士なのかもしれない。
襟元をかき合せながら、彼女は夫に訴える。
「お願いだ、ひどいことはやめてくれ。 おらは何ともねえんだから。」
「悟飯。 チチを連れて、どっかへ行ってろ。」
「でも お父さん、体の具合は・・?」 「具合?」
息子の言葉に、彼女は素早く反応する。
確かに 黄金色の気に包まれた姿はそのままだったが、徐々に鋭さが失われていくように見える。
「お父さんは病気なんだ。 だからお母さんの気の乱れを感じても、すぐに来れなかったんだよ。」
「お願い、もうやめるだ、悟空さ・・・!!」
服が破れていることも忘れて、なりふり構わず彼女は駆け寄る。
妻の叫びと同時に、苦しげに左胸を抑えてよろけた夫の元へ。
みるみるうちに超化が解け、いつもの姿に戻る。
だが肩で息をし、額にはあぶら汗が浮かんでいる。
「お父さん、苦しいの?」 「しっかりするだよ、悟空さ。 すぐにお医者様を呼ぶからな。」・・
長く、暗い時代の幕開けだった。
取り残された彼、 ベジータは初めて知った。
病によって もたらされる死があることを。
そして、 彼は まだ知らなかった。
支配を目的としない敵がいるということを。
待ち受けている、自分自身の運命を。
『崩れ落ちる前に』
[ 未来編の始まり、悟空が帰還した頃のお話です。ラストは公式カップルです。]