『ミス キャスト』
わたしは空を飛んでいる。
今日 会ったばかりの、男の肩に担ぎあげられて。
いったい どうして、こんなことになってしまったのだろう・・・。
数日前、 久しぶりにクリリンくんから電話をもらった。
何年かぶりで訪れたカメハウス。
老師様もクリリンくんも、ちっとも変わっていなかった。
だけど、ランチさんの姿が見えない。
天津飯くんを追いかけるために、辞めてしまったのだそうだ。
あと一つ、変わったことと言えば・・・
わたしの隣にいるのが、ヤムチャでは なくなったことだろうか。
あの天下一武道会の翌年、 わたしはヤムチャと別れた。
今、 隣にいる孫くん・・ 悟空と一緒になるために。
「しかし まさか、悟空がケッコンしちまうなんてなあ。 しかも、相手が・・・。」
クリリンくんが、遠慮がちに視線を向ける。
実際には まだ、式も挙げていなかった。
別に、いつでも挙げられるから。 そう言って 延ばし延ばしにしていた、本当の理由。
それは、こういう空気になるのが 怖かったせいだ。
いっそ子供ができていたなら、ずいぶん違っていたと思う。
なのに、 悟空と寝起きするようになってから もうずいぶん経つというのに、
その気配は まだ無かった。
そんなことを考えていたら、厳しい声で悟空が告げた。
「何か、こっちにやってくるぞ。」
クリリンくんが、空を見上げる。
「ヤムチャさんじゃないか? 来れたら来るって言ってたから・・。」
それを聞いたわたしは、少し動揺した。
あの 別れになった日から、ヤムチャとは会っていない。
でも、自分で来ると言ったのなら、ちゃんと話をしてくれるはずだ。
そう思って、覚悟を決める。
だけど・・・ 現れたのは、全く 別の男だった。
その男は迷うことなく 悟空の前に立つと、尊大とも言える口調で 話をし始めた。
ずっと前から知っているような口ぶりで、 別の名前で彼のことを呼ぶ。
そして酔っ払いだと決めつけ 追い返そうとしたクリリンくんを、思い切り撥ね退けた。
拳ではなく、長く茶色い尻尾を使って。
かつて 悟空も持っていた、アクセサリーなどではない本物の尻尾。
男は話し続ける。
悟空が 自分の実の弟であり、今では存在しない星に生まれた宇宙人だということを。
しかも この地球を滅ぼすために、まだ赤ん坊の頃に送り込まれたというのだ。
そんな、 まさか。 だけど、否定しきれない自分がいた。
尻尾、 人並み外れたパワーに食欲、 それに満月の夜の、大猿への変身・・・。
「そんなこと、 オラ 死んだって手を貸すもんか!!」
仲間になれと迫る男を追い払うべく、悟空は応戦した。
ほぼ一撃で、男は倒れた。
クリリンくんが叫ぶ。 「やったあ! さすが悟空だ!!」
そりゃあ、そうよね。
あのピッコロを負かした後も、悟空は修行を休まなかった。
父さんとわたしが手掛けた、100倍まで重力を上げられる 特別な空間。
そこで 自分を鍛え続けていたのだから。
倒れている男に向かって、恐る恐る歩みを進めてみる。
左目につけている、ゴーグルのようなメカが気になったためだ。
「何なのかしら、 これ。 これで居場所がわかったのかしら。」
男の目元から メカをはずしたその瞬間。 手首を掴まれた。
「ブルマ!!」 「ブルマさん!!」
あっという間に 担ぎあげられ、空高く浮かび上がる。
ダメージなど、受けてはいなかった。 あれは作戦だったのだ。
仲間になるしか道は無いという意味の言葉を残し、猛スピードで男は飛び去った。
大丈夫、 大丈夫よ。 悟空はすぐに来てくれる。
絶対に、救い出してくれる。 みんなだっているし、いざとなったら、ドラゴンボールだってあるんだから。
自分に向かって、わたしは必死に言い聞かせた。
どのくらい飛んだだろうか。 荒野と呼ぶのにふさわしい、何もない所。
降り立った男は わたしを、やや乱暴に地面に下ろした。
文句を言ってやるよりも早く、襟元を掴まれる。
「キャッ・・・ 」
恐れていたことが 起こってしまった。
薄着だったわたしは、ものの数秒のうちに 一糸まとわぬ姿にされる。
「なるほど、 カカロットが腑抜けになっちまうわけだ。」
地べたの上に仰向けに押さえこむ形で、男はひとりごちる。
「これは、いつものやり方では勿体ないな。 貴様にも、その気になってもらうか。」
そんなことをつぶやいて、懐から何かを取り出した。
なんなの? カプセル? 違う。 錠剤だ。
「イヤッ!!」 必死に顔を背ける。
けれど、ものすごい力で向き直させられ、口をこじ開けられる。
放り込まれた薬の粒は、吐き出す前に溶けてしまった。
「・・・。」
何だったの、 今の薬は・・。
頭の中は はっきりしている。 なのに、言葉が出てこない。
体が、おかしい。 内側が、奥の方が、まるで燃えるように熱い。
男の指先に、わき腹をなぞられる。 「ひっ・・・ 」
「この星の女にも 効くようだな。」
脚を大きく広げられ、凝視される。
汗でも尿でもない液体が、どろりと あふれ出るのがわかる。
満足げな男は 下半身を割り込ませると、一気に体重をかけようとした。
すると、地響きとともに、地面が大きく揺れた。
煙の臭いが鼻をつく。
何かが着陸したようだ。 男が動揺している。
悟空が来てくれたのかと思った。 だけど 違った。
なんてことだろう。 別の、新たな二人の男が現れたのだ。
坊主頭の大男と・・ 目つきの鋭い、少年のように小柄な男。
「よお、 ラディッツ。」 下卑た笑いを浮かべながら、大男が声をかけてくる。
「通信を無視しやがると思ってたら、お楽しみ中だったのか。」
そう言いながら、わたしの胸を強く 掴んだ。
「ん、 あ ・・っ、 」
身の毛がよだつはずなのに、意志とは別の声が漏れる。
大男は すぐに理解したようだ。 「なんだ、あの薬を使ったのかよ。」
「ああ、せっかくだからな。 おい、順番を守れよ。おれの獲物だぜ。 こいつ、カカロットの女なんだ。」
「ほう、カカロットの・・。」
生唾を飲み込む音が聞こえる。
「 おまえらは 下がれ。」
その一言で、男たちの動きが止まった。
小柄な男が、こちらに向かって 歩み寄ってくる。
「・・・。」 何も言わずに、わたしを抱え上げる。
「おい、 ベジータ!」
ベジータという名であるらしい男は 一睨みで抗議を退け、
低空で少しの間 飛んだ後、窪地にある球形の物体の扉を開いた。
わたしを押しこみ、自分も中に入ってくる。
内部を見てわかった。 どうやら これは、宇宙船らしい。
「ちっ、 あいつ、横取りしやがって・・。」
「仕方ねえよ。 けど、めずらしいよな。 ベジータは、ああいうのが好みだったのか。」
取り残された男たちが そんな会話をしていたことを、わたしはもちろん知らなかった。
「下品な女だな。」
男の、それが特徴である、少年のような声で 我に返る。
「あの薬はな、 即効性はあるが、効いている時間は短いはずだ。」
そういえば・・
体の奥から湧き上がってくるような激しい火照りは 既に治まっていた。
だったら わたしは、いったい どうして、あんなにも・・・。
「貴様、 何という名だ。」 「・・・?」
「聞こえなかったのか。 名前を教えろ。」
どうして? 口の中が乾いて、うまく声が出せない。
ずっと 声をあげていたせいだ。 抵抗や、恐怖による叫びとは 別の声を。
けれども 次の瞬間、男の表情が変わった。
かすかに、爆音が聞こえる。 船内が揺れている。
「フン、来やがったか。」
狭苦しい空間で、男は はずしていた物をすばやく身につけ、こう言い残して出て行った。
「どうせ すぐに終わる。 ここで 待っていろ。」
・・・
あの男は、わたしをどうするつもりなのだろうか。
内部からの扉の開け方を、わたしはちゃんと見ていた。
だけど、逃げ出す気にはなれなかった。
もう、 誰にも会えない。 もちろん、悟空にも・・・。
あふれ出る涙を、両手で押さえる。
わたしは泣いた。 だから、気付くのが遅れた。
外から、音が聞こえなくなっていたことに。
どのくらい経っただろう。 壁を、扉を、強く叩く音が聞こえてきた。
そして、わたしを呼ぶ声も。 「ブルマ、そこにいるんだろ、ブルマ。」
悟空ではない。 だけど よく知っている、とてもなつかしい声。
「ヤムチャ・・?」
ためらう わたしに、何かを察したらしい彼は言う。
「ここには今、おれしかいない。 開けられるなら、出てきてくれよ。」
いくつかのスイッチを押して、わたしは扉を開いた。
外の空気。 噴煙などはあがっていない。
やはり ここでは、戦闘は行われなかったようだ。
ヤムチャは着ていた上着を脱いで、わたしに着せかけた。
両腕に抱きかかえられ、空に浮かぶ。
「ごめんな、遅くなって。 もう終わったからさ、ゆっくり行こうな。」
頬が、涙で濡れている。 どこへ、と尋ねる前に彼は続けた。
「悟空がやってくれたんだ。 あいつは、すごかったよ・・。」
「悟空は、どうしたの?」 やっと、言葉を発することができた。
「ドラゴンボールを探しに行ったよ。」
「・・? まさか、 誰か・・ 」 「いや。 みんな無事だよ。」
とめどなく流れる涙。 手がふさがっている彼の代わりに、指先で拭いとる。
「じゃあ、どうして?」
「ブルマ、 おまえの今日の記憶を、消してやるためだよ。」
今のことも忘れちまうはずだから、一応 話しておくよ。
悟空は、本当にすごかった。
大男と 髪の長い男をあっという間に倒しちまって、違う恰好をした小柄な男が一人残った。
そいつには、少し手こずっていた。
だけど 奴がおまえのことを口にした時、状況が一変したんだ。
悟空の髪が、みるみるうちに金色になって、同じ色のオーラみたいなものに包まれたんだ。
その後は、結構 簡単にやっつけちまった。
なのにさ、悟空は 奴に、とどめをささなかったんだよ。
クリリンもおれも言ったよ。 なんで情けなんか かけてやるんだって。
そしたら・・ 金色の髪をした悟空は、笑顔を見せて こう答えたんだ。
『別に、見逃してやるわけじゃねえ。 一度で殺しちまうには 足りねえからだ。
傷を治して、もう一度来りゃあいい。 そしたら 今度は、こんなもんじゃ済まさねえ。』
はっきり言って、恐ろしかったよ。
あいつが地球人じゃないってことも、うなずける気がしたんだ・・・。
終わりまで聞かずに、わたしは瞼を閉じた。
忘れたい。 どうか、忘れさせて。
今の話を。 そして、狭く 薄暗い船内で 行われた全てのことを。
あの日から、数カ月が経った。
悟空は、人里離れた山の中で修行をしている。
最近は重力室を使わず、外に出ることの方が多い。
ブルマのためと思ってきたけれど、自分は やはり、こういう修行が向いている気がする。
少し 休憩するか。
腰を下ろす場所を探していると、自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「悟空さ。」
艶のある 長い黒髪を束ねた女が、駆け寄ってくる。
名前は何といっただろうか。 一度聞いたはずなのに、忘れてしまった。
以前 小腹がすいた時、まだ熟していない果実をとろうとして注意された。
それが、話をする きっかけとなった。
悟空の隣に腰を下ろし、女は手作りの弁当を広げる。
薦められるままに、彼は それを、いくつもつまんだ。
「あんたの奥さんは よっぽど忙しいだなあ。 だんな様に弁当も持たせねえなんて。」
妻がいることは話していた。
けれど ブルマの母が ちゃんと、昼食をカプセルに詰めて持たせてくれていることは黙っていた。
女と昼食を共にしながら 話をすることが、いつの間にか 楽しみになっていたためだ。
ぼそり、と彼は答える。
「・・もうすぐ産休ってやつをとるからな。 今は特に忙しいんだ。」
「産休って・・ 赤ん坊が生まれるだか?」
ほんの一瞬、 女は悲しげな表情を見せた。 だか すぐに、笑顔をつくって話を続ける。
「きっと かわいい赤ん坊が生まれてくるだな。
おっとうになるなら、あんたも もっと、しっかりしねえと。」
返事が返ってこない。 顔を覗き込んだ女は、驚いた。
彼の頬が、涙で濡れているのだ。
「どうしただ? おら、なんか悪いこと言っただか?」
こんな時に限って、ハンカチを持っていない。 仕方が無いから、お手拭きを使って涙を拭いてやる。
女の手のぬくもりを感じながら、悟空は小さく つぶやいた。
「オラの子じゃねえんだ・・。」
今から数年前。
ブルマを抱いたことで彼は、独占欲というものに目覚めてしまった。
その結果、 一番旧い友人だったヤムチャから、ブルマを奪う形になった。
だが 結局、自分もブルマを奪われたのだ。
宇宙からやって来た敵によって。
自分は女一人、守り抜くことができなかったのだ・・・。
隣りに座る女の肩に、頭をもたせかけて悟空は言った。
「すまねえな。 なあ おめえ、名前は何ていうんだ?」
呆れたように、だけど笑いながら女は答えた。
「前にも ちゃんと教えただよ。 ・・まあ いいだ。 おらはな、チチっていうだよ。」
惑星フリーザ。
命からがら宇宙ポッドで脱出したベジータは、
予想外の長期間、メディカルマシンの治療を受ける羽目になった。
そして ようやく全快した今、再び地球に向かおうとしている。
カカロットとの勝負は、惨憺たる結果に終わった。
その屈辱は、王子として生まれながらフリーザのもとで働かされている それをも上回る。
戦闘の最中、奴は 確かに変わったのだ。
翡翠色の瞳、黄金色の髪、同じ色のオーラ。 あれは まさに、伝説の戦士・・
「くそっ!」
こみ上げる怒りで、いてもたってもいられなくなる。
ナッパとラディッツは やられてしまったが、自分は そもそもレベルが違う。
途中までは押していたはずだ。 あの会話が、全てを変えたのだ。
『ラディッツが連れてきた、あれは貴様の女だそうだな。 名前は何というんだ?』
『ブルマのことか。 おめえ、ブルマに何をした・・?』
『ちょうど、気が向いたんでな。 楽しませてもらったぞ。 女の趣味は、悪くないようだな。』
確かめなければならない。
あれは本当に、超サイヤ人だったのか。
だとしたら 何故、あんな下級戦士の、辺境の惑星に送られるような奴が そうなることができたのか。
戦いの後の 仲間との会話も、彼の耳はとらえていた。
『ヤムチャ、ブルマを頼む。 おめえだから頼むんだ。』
『悟空、 おまえはどこに行く気だよ。』
『オラはドラゴンボールを集めに行く。 ブルマの、今日の記憶を消してやるんだ・・。』
ドラゴンボール。 ナメック星にあるといわれる、七個揃えると願いが叶う石。
地球にもあるというのか。
もしかすると そのことが、カカロットの超化と関係があるのではないか。
宇宙ポッドのシートに身を沈めながら、ベジータは瞼を閉じる。
敵に囲まれている日々。 移動中だけが安らかに眠ることのできる時間だ。
起きている間、 彼はずっと 新たな宿敵のことを考えている。
けれど眠っている時は・・・。
夢の中で、彼は何度も抱いていた。 地球で出会ってしまった女を。
その名前を、彼はつぶやく。 「ブルマ。」
おなかは近頃、ずいぶんと目立ってきた。
つわりで休んでしまった分の仕事が片付いたら、早めに産休をとろうと思っている。
悟空は今日も、外に修行に出ている。 帰ってこないことも多い。
だけど あんまり、うるさく言わないことにしている。
縛りつけようとして逃げられるのは、ヤムチャの時で懲りているから。
でも、子供が産まれたら 変わるはずだ。
悟空はきっと大喜びだ。 だって この間の健診の時、わたしは思わず笑ってしまった。
超音波装置の画像には、長い尻尾がしっかり映っていたんだもの。
「元気に生まれてきてね。」
つぶやきながら わたしは、そっとおなかを撫でた。