309.『置き忘れた想い』

ドミカ様の好きカプアンケートで、現ベジ×未ブルというのがありましたため

僭越ながら書かせていただきました。 しかしコレ、ベジブルだよなあ・・と

思ったので、お題からタイトルをつけてしまいました。]

C.C. 、夜。

ブルマは、わざと遅れて 寝室の扉を開いた。

持ち帰った仕事を片付けていたせいもある。 だが、それだけでは なかった。

その日ブルマは、夫と 小さな諍いを起こした。

だから普段通りにベッドに入るのが、なんとなく 悔しかったのだ。

 

二人は広いベッドの両端に、お互いに背中を向ける形で 横たわっている。

疲れていないわけではない。 なのに、眠れない。

仕方なしに寝がえりをうった、その時。 「きゃっ・・・

あっという間に引き寄せられて、「もうっ、なによ ・・ 」口を塞がれる。

答えない男の、唇によって。

 

こんなふうに、こんなふうに抱かれていると、ブルマは時折 不思議な錯覚に陥る。

鍛え抜かれた 屈強な・・ 自分のそれとは全く違う、男の体。

筋肉に覆われた両腕が、

数えきれないほど多くの命を奪ってきたのであろう両手が、

まるで自分の一部のように思えてしまうのだ。

同じように思うことが、彼の方には無いのだろうか。

 

以前から気になっていたことを、ブルマは尋ねてみる。 

しっかり事を済ませた後で、彼の腕を枕にしながら。

「ねえ、ベジータ。」 「何だ。」 

「その・・ あんたって、

少しだけ迷ったけれど、一気に口にしてしまう。

「他の女を抱いたこと、ある? 昔のことじゃなくて、わたしと こうなってから、ってことよ。」

しばしの沈黙ののち、彼は答えた。

「それを聞いて、おまえはどうするつもりだ?」 

「・・・。」

欲しかった答えは、やはり返ってはこなかった。

けれども、腕を解いて 体を離してしまうことも、彼は決して許さなかった。

 

他の女。

ベジータは思い出していた。 

もう10年余りも昔のことになる あの出来事も、果たしてそうだと言えるのだろうか。

 

精神と時の部屋。  

天界に密かに存在している、特別な空間。

彼は迫りくる戦いに備えて、別の未来からやって来た息子とともに

その場所でトレーニングを積んでいた。

ある時。 

ただ一度だけのことだったが、不覚にも彼は意識を失った。

トランクスらしからぬ、まるで不意打ちのような攻撃によって。

 

 

『なんだ、ここは・・。』

意識が戻った彼は驚き、我が目を疑った。

がれきの山、 焦土。 葬られることなく放置された死体。

一瞬、フリーザ軍時代に戻ったのかと思う。

だが 見慣れた建物の存在で、ここは地球なのだと確信する。

かなり距離があったが 他の建造物は どれも崩れていたため、難なく視界に入って来た。

その建物、 C.C.に向かって 彼は飛んだ。

 

攻撃された跡が見受けられる。 

が、原形は保たれており、かろうじて半壊といったところか。

人の気配が近づいてくるのを感じ、彼は視線をそちらに移した。

『ベジータ・・・?』

長く伸びた髪を無造作にまとめた、簡素な服装の女。  

それは、間違いなく・・・

『ブルマか。』

落ち着きを取り戻した後、彼女は言った。 

『タイムマシンで来たの?』

目の前に現れた男は、かつて自分と息子を護る形で 命を落とした男とは別人だ。

彼女は それを、理解しているようだった。

 

タイムマシン。 そうなのだろうか。

意識を失っている間に、何かを企んだトランクスが 自分をタイムマシンに乗せたのだろうか。

しかし、いくら何でも それは考えにくい。

向かい合うブルマに、彼は問いかける。

『トランクスをよこしたのは おまえなのか。』

『ううん。 違うわ。』 意外にも、彼女は首を横に振った。

『過去に戻って、あの頃の皆に警告しようって思いついたのは、つい最近なの。

 まだ、誰にも話してないのよ。 だけど、

笑顔を見せて、付け加える。 

『わたし、タイムマシンを造るのね・・・。』

そして、彼に向かって こう告げた。 

『大丈夫よ。 あんたは元の世界に帰れるわ。』

『どうして わかる?』 

『だって、これは きっと、わたしの見ている夢だもの。』

 

ブルマの、およそ科学者らしからぬ言葉。

それは あまりにも多くのものを、失いすぎたためなのかもしれなかった。

 

夢。 それならば それでも構わない。 

ベジータは尋ねた。 『人形どもは何処にいるんだ。』 

『人造人間のこと? わからないのよ。 気が読めないんだもの。』

そう答えるとブルマは、ポケットから 小型のラジオを取り出して見せた。

『現場を押さえるか、ラジオからの警報を待つしかないの。』

先程から 微かに聞こえていたノイズは、つけっぱなしにしている それのせいだったのだ。

 

『ラジオ放送は近頃、めっきり減ったわ。 

最近じゃ、悟飯くんとトランクスが手分けしてパトロールすることの方が多いの。』

『チッ、不甲斐ない奴らだ。』

吐き捨てるように言った後でベジータは続ける。

『ちょうどいい。 この俺が、人形どもを片付けてやる。』

『やめて・・・ 

『あの妙な部屋でのトレーニングの成果を試してやろう。』

『やめて。 行かないで。』

 

今にも飛び立とうとする男の背中に、満身の力を込めてブルマは縋りつく。

振り払うことは、あまりにも容易い。 しかし一応、ベジータは尋ねた。

『何故 そんなことを言う? おまえは、俺がやられると思っているのか?』

『・・・。 どうせ、奴らは見つからないわ。

 悟飯くんたちだって、暴れていない時の奴らを見つけたことは ほとんどないのよ。』

愛した男の背中に向かって、ブルマは必死に訴える。

『今のあいつらはね、生き残った人たちが助け合って 暮らしを立て直し始めたところを狙ってくるの。

 だから、今日は来ないわ。』

『どうして わかる?』 

『2〜3日前、一つの集落が潰されたからよ。 また大勢、人が死んだわ。』

付け加えられた言葉には、嗚咽が混じっていた。

『お願い、行かないで。 今だけでいいの。 わたしのそばにいて・・・。』

それは、死んでいったベジータには、最後まで言うことができなかった言葉だった。

 

舌打ちとともに、彼は絡みついている二本の腕を振り払った。

だが、次の瞬間。   

向き合う形で、彼は彼女を抱き寄せた。

自分が知っているブルマよりも、痩せているためなのだろうか。

涙で濡れた青い瞳が、より大きく見える。

昼だというのに 小さな唇には、何の色も塗られていない。

貪るように重ねられたそれは、わずかに乾いて かさついていた。

 

肌を合わせながら、ブルマは何度も こう言った。

『やっぱり これは、わたしの見ている夢ね。 今まで よくやった、ご褒美なんだわ。』

くだらん。 その一言を、ベジータは口に出すことができなかった。

腕の中のブルマの体が、儚いと感じられるほどに 細く、華奢だったから。

 

衣服を身につけながら、さらにブルマは言う。

『こんな世界でわたしが生きてこられたのはね、トランクスがいてくれるから。

 そして、あんたとの思い出があるから。 それと・・・

あんたに代わって、悟飯くんが守ってくれているからなのよ。 ・・・

人の気配を感じ取る。 

ブルマの言葉が終らぬうちに、男の声が耳に届いた。

 

『ブルマさん、 そこにいるんですか?』

名前を呼ばれ、弾かれたようにブルマは立ち上がる。

こちらに向かって、山吹色の道着を着た男が歩いてくる。

いくつになったのだろう。 父親に、驚くほどによく似ている。

『心配しましたよ。 姿が見えなかったから。』

男と父親の大きな違い、 それは言葉遣いだけではない。

ブルマに対する丁寧な物腰。  そして、視線 ・・・。

壁の向こう側から様子を窺っていたベジータは、すぐに理解した。

その男、悟飯が、ブルマを女として見ているという事実を。

 

声をかけようとして やめる。

もともとあった壁の穴を気弾で広げ、ベジータは空へと飛び去った。

今いるここが、現実であろうと なかろうと構わない。

どうにかして人造人間を見つけ出し、抹殺すると心に誓う。

自分には、それしかできないのだ。

あの女、ブルマを脅かす者を追い払い、息の根を止めてやること。

つかの間だけでも そばにいて、抱いてほしいと言われれば応じてやること。

いたわりの言葉を、かけてやる代わりに・・・。

 

 

『父さん、 大丈夫ですか、父さん。』  

トランクスの声で目覚める。

そこは天界、 精神と時の部屋だった。

やはり、あれは夢だったのだろうか。 この現実離れした、奇妙な空間が見せた夢。

『すみませんでした。 ちょっと卑怯なやり方でした。』

先程の、攻撃のことを言っているらしい。

『何を謝ることがある。 殺し合う覚悟でやらなければ、訓練にはならん。』

立ち上がり、歩き出した父親の後ろ姿に向かって トランクスは言った。

『気を失っている間、 しきりに誰かの名前を呼んでいるようでしたよ。』

『・・聞き違いだろう。』  

『そうかな。 おれにはブルマって、言ってるように聞こえました。』

 

 

C.C.、 夫婦の寝室。 

ベッドの中で、ブルマは夫に問いかける。

「わたしには聞かないの?」 「何をだ。」

「あんたとこうなってから、誰かに抱かれたことがあるか、って。」 

「フン・・。」  さも つまらなそうに、ベジータはうそぶく。 

「どうでもいい。」

「もうっ。」  少しだけ笑った後で、ブルマは まったく別の話を始める。

「ねえ、あんたも ちゃんと出席しなくちゃダメよ。」 

「なに? 何の話だ。」

「だから、結婚式よ。 悟飯くんの。 おめでたいことなんだから、ちゃんとお祝いしてあげなきゃ。」

そう。 その日二人が起こした小さな諍い。

それは、悟飯の結婚式についてのことだった。

 

「・・わかった。」  ごく短い答え。

それでも、歓声をあげて、ブルマは夫に しがみつく。

「よかった。 うれしい・・。」

 

ベジータは思う。 

悟飯も、トランクスにしても、むこうの世界の彼らとは もはや別人だ。

そもそも、あの世界の自分は とうに死んでいた。

いくつになっても やわらかく なめらかで、けれども まるで弾むようなブルマの体。

ベッドの中で妻を抱く時、 彼は時折 思い出す。

きつく背中にまわしてきた、ひどく細い両腕を。 

艶の少ない長い髪を。

あまりにも多くの死を見つめてきた、濡れた青い瞳を。