『Criminal』
地獄。
要するに この場所は、刑務所なのではないだろうか。
すぐに どうにかされることはなく、手足を鎖で繋がれるわけでもない。
娯楽は無いに等しいが、制限付きの自由がある。
そんなところが 遠い昔に耳にした、刑務所の話を思い出させる。
彼女は自分を嗤いたくなった。
捕まって そこへ連れて行かれないよう、弟とともに あんなに逃げ回ったというのに。
彼女と双子の弟は、路上で暮らす子供だった。
生きていくため、 そして自分たちを捨てた親への恨みをはらすかのように
ありとあらゆる犯罪に手を染めた。
敵は多く、危険な目に遭うことは しょっちゅうだった。
無事に成長できたのは 優れた機転と身体能力、
そして・・・
一人きりではなかったことが大きいだろう。
だが それから、二十年余が経ったある日。
生き残りの、最後の戦士 トランクスとの戦いに敗れた彼女は、ついに地獄へ送り込まれた。
弟を探し回るうちに 思いもよらぬ事態に見舞われた彼女。
窮地を救ったのは 意外な男だった。
特別な計らいを受け、生きていた頃よりも飛躍的に力を増したベジータ。
皮肉にも、彼女は彼の手に落ちた。
実は彼女は、男を知らなかったのだ。
普通の人間だった頃も、その後も。
唯一無二のパートナーだった弟によって、しっかりと守られていたから。
今 この時も、彼女は彼に抱かれている。
犯されているわけではない。
彼は それほど、屈辱的なやり方をしない。
何度目かとなる今などは、一方的ではなく 向き合う形で重なっている。
彼女の表情が変わる様を、確かめているかのように。
「ねえ。」
ふと、何かを言ってやりたくなった。
何だって構わない。 怒りでも苛立ちでも、彼の表情を変えてみたいと思ったのだ。
「あんたさ、 あの女にも そんなふうにしたわけ?」
愛撫の手を休めることなく 彼は答える。
「何を言ってるのか わからんな。」
「・・とぼけるんじゃないよ。」 言葉を切って、彼女は続ける。
「ブルマって女だよ。 ガキまでつくったくせにさ。」
毒づきながらも、体の奥深い個所が じんわりと熱くなるのがわかる。
自分の意志とは関係なしに 両脚が開き、声が勝手に出たりもする。
彼女は言った。 津波のような快感に、押し流されてしまう前に。
「あいつ・・ トランクスの顔ときたら、あんたにそっくりだもんね。
だけど、髪と目の色はブルマと おんなじだったよね。」
「貴様・・ 一人前に、妬いてるのか?」
彼の手が、指先が、彼女の小さな顎を掴む。
「違う。 冗談じゃない・・。」
「まったく 驚きだ。 貴様は、本当によく出来た人形だな。」
顎を持ちあげている指は、ついさっきまで 彼女の脚の間でうごめいていた。
濡れて 汚れているそれを、力を込めて払いのける。
「人形 人形って、しつこいんだよ。 あたしには ちゃんと名前があるんだ。」
「名前だと? 18号とかいう呼び名のことか?」
彼がその名を口にしたのは初めてだったろう。
だが、嗤いながら こんな言葉を付け加える。
「教えてやる。 それは名前とは言わん。 番号だ。」
「・・なんだって・・?」
「聞こえなかったか?
気の狂ったジジイが、自作の人形を整理するためにふったナンバーだと言ったんだ。」
怒りに満ちた表情で 彼女は、覆いかぶさる彼の体を押し返した。
手をかざし、戦いを挑むのだろうと思われた。
しかし、彼女はそうしない。
「・・・。」 何も言わずに、そこいらに散らばっていた衣類を身につける。
「何処へ行くつもりだ?」 「決まってるだろ。 弟を探す。」
そうだ。 あいつさえ見つかれば。
いくら力をつけたといっても、あいつと組んで戦えば こんな男なんて・・・。
「無駄だ。」 「なに・・?」
「残念だったな。 あの、男のほうの人形は もういないぞ。」
「・・どういう意味だ。」
目をむいた彼女を見据え、平然と彼は告げる。
「この俺が消してやった。 貴様が、例の気違いジジイと もめる少し前にな。」
殺した、ではなく 消したという言葉を、彼は使った。
「なんてこと、 なんてこと してくれたんだ・・・。」
地獄での死、 それは消滅だ。 もう、魂さえも存在しない。
生まれ変わるチャンスは、もう無い。
「何が悪い? 俺は、自分の仇を討ったんだ。」
そう。 十数年前 ベジータを殺したのは17号、彼女の弟だったのだ。
彼に向かって彼女は言った。 攻撃の構えをとる代わりに。
「・・・が あんたを殺さなかったら、 あのまま生きていたとしたら、あんたはどうしてたのさ?」
弟の名前を、彼女は思い出していた。
悔い改めろということなのだろうか。
消されたはずの記憶が、思い出したくもない光景が、次々と蘇ってくる。
「あたしと ・・・が現れなかったら、あんたは あの女と暮らしてたの?
そして二人で仲良く、トランクスを育てたのかい?」
家族。 それは彼女と弟が 心の底から憎み、羨んだもの。
問いかけに答えることなく ベジータは立ち上がり、彼女に背を向けた。
「ちょっと! どこに行くのさ!」
「貴様には関係ない。」
彼は 今にも飛び去ろうとしている。
「暇つぶしは もう終わりだ。 貴様も勝手にするがいい。」
「イヤだ・・。」 「男が欲しいのなら、他をあたれ。」
「イヤだ。 だったら あたしも、あたしのことも・・・ 」
消してくれ。 連れて行け。
自分はどうしたいのだろう。 いや、もう どちらでもいい。
鋭く 美しい彼女の目からは、涙があふれている。
それを見た彼は驚き、少しだけ 意外そうな顔をした。
彼の表情を動かすことに成功し、ほんの少しうれしくなる。
地獄。
この場所で 彼女は、彼を愛し始めていた。
ともに育った弟よりも、 多分自分自身よりも。