344.『旅行』
[ トランクスは小学6年。 ブラができる少し前の二人です。]
先週 仕事の合間に、雑誌のインタビューを受けた。
インタビュアーは30歳前後の女性。
まるで友人との会話のように くだけた
やりとりから様々な言葉を引き出していく、
そのテクニックはさすがだった。
ビジネスや科学の関係ではなく、女性向けの雑誌だ。
そのため 内容は自然と、子育てやパートナーの話になっていく。
インタビュアーの女性は、しきりに持ち上げる。
「本当に素晴らしいと思います。 社長で科学者、母親、妻、女性…
どれをとっても一流なんですもの。」
「おほほ、まあね〜。」
…まあ、家付き娘で、両親からの手厚いサポートが
あったからこそなんだけどね。
「私なんかから見ますと、特に パートナーとの関係が良好なのが
うらやましいですね。」
言葉を切って 続ける。
「仕事に追われる立場ですと、どうしても
すれ違いになってしまうじゃないですか。
周りを見ていても、それが原因でダメになる例が とっても多いですし。」
「そうよねえ。 お互いが、歩み寄ることができれば
いいんでしょうけどね。」
たいしたことは言っていないと思う。
なのに目の前の女性は 目をキラキラさせ、こんなふうに言ってくれた。
「仕事もプライベートも あきらめない、ですね!
ブルマ社長は、私たち 働く女性の 希望の星です!!」
…
「すれ違いかあ。 確かにね…。」
家を空けることの多い わたし。 ベジータは、しようと思えば
浮気なんかし放題だ。
現に今日だって、トレーニングのために
どこかへ行ってしまっている。
わたしの方は、やっと休みが とれたっていうのに。
と、そんなようなことを トランクスに愚痴ると、12歳の彼は、心底あきれたように答えた。
「無いよ、パパに限って。 パパが自分から遠出するのはトレーニングのため。
ほんと、大袈裟じゃなく一日中やってるよ。」
かつては一緒に行きたいとせがんで、何度か同行させてもらったトランクス。
でも この一〜二年は遠ざかっている。
そんな息子に向かって、ぐずぐずと
また蒸し返してしまう。
だってベジータとのことを真面目に聞いてくれる人って、あんまり
いないんだもの。
「…自分からは無いとしても、外で出会った女の人の方から
アプローチされるってこともあるでしょ。」
「パパにぃ〜? そんなことする女の人なんて、ママくらいじゃないの?
そういうの、ヤムチャさんなら すっごく ありそうだけどね… おっと。」
わたしの顔を見て、あわてた様子でフォローする。
「まあ、どうせ休みなんだから 行ってみればいいじゃん。 居場所は大体わかるよ。
今、地図を書くからさ。」
メモ用紙に、さらさらとペンを走らせる息子。 それを見ながら
わたしはぼやく。
「あんたも来てくれれば いいのに。 気を探れる人がいなきゃ、心細いわ。
まだ小学生なんだから、一日二日休んだって、」
「ダメだよ! 明日から修学旅行だもん。 これから友達と、おやつの買い出しに行くんだ。」
ここ最近 背がぐんと伸びて、なんだか
声も低くなってきた。
体を鍛えることは今でも好きで、強くなりたいとも思っているだろう。
でも他にも、好きなことが たくさんあるようだ。
そこが、純粋なサイヤ人との大きな違いなのかもしれない。
ともあれ、ジェットフライヤーを操縦し、ベジータがトレーニングをしているという場所に到着した。
荒野というか… とにかく何にも無い所だ。
少し離れた所には山が見えるのに。 以前から
こうだったのだろうか?
それとも もしかして、ベジータの手で全て破壊…。 生態系とか、大丈夫なのかしら。
「あっ!」 いた!
「ベジータ! よかったー。 トランクスが書いてくれた地図、いいかげんなんだもん。
結構 苦労しちゃった。」
「…。」
予想はしていたけど、かなり不機嫌そうだ。
「何の用だ。」
「別に。 仕事が休みになってね、暇だったから来てみたの。」
「ふざけるな!!」
来た 来た。 これもまた、彼のお得意のセリフの一つだ。
「遊びじゃないんだ。 暇だったら
大好きな買い物にでも行けばいいだろう。」
「何よ、いいじゃない。 たまには、夫の頑張ってる姿を見たいわ。 もう少し離れた場所… そうね、」
辺りを見回し、適当に指をさす。
「あの辺にカプセルハウスを建てて、そこで待ってるから。 ね、それなら
いいでしょ?」
その言葉の終わらぬうちに、ベジータときたら
なんと、この場から飛び去ってしまった。
「ちょっとーー!! … もうっ!」
だけど… 戻ってくるのではないか。 なんとなく、そんな気がした。
大きめのカプセルから ハウスを出し、ひとりごちる。
「食べ物も いろいろ持ってきてるしね。 でも、夜まで待って
来なかったら帰ろう。
ふんっ、そうなったら もう、家に入れてやらないんだから!」
なーんて。 そんなこと、できやしないんだけどね。
暇つぶしに、見逃していた映画のDVDを観ることにする。
「うーん。」 思っていたより面白くなかった。
スイッチを切り、ソファに ごろりと横になる。
時差のせいで、外は まだ明るい。 ああ、昼寝って贅沢よね…。
疲れ気味だったこともあり、わたしは間もなく、深い眠りに落ちていった。
「!」 物音で、目が覚めた。
窓の外は、もう真っ暗だ。「今 何時? あっ!」
ベジータが、戻ってきていた。
ひとりでテーブルにつき、持って来ていた
たくさんのレトルト食品の封をあけ、
片っ端から空にしている。
「ちょっと! ちゃんと温めなさいよ。 お皿だって
あるのよ。」
せめて残っている分だけでも、と、わたしは
ひたすら、電子レンジを開け閉めした。
「ふふっ、恐竜でも捕まえてきたら
どうしようって思ってたのよ。
そんなの料理できないし、調理機も、小型のしか無いし。」
返事をせず、今度は 並べた皿を空け続けるベジータ。
「あら?」 今 気付いた。
流し台の上に、何かの実? 果物?が置いてある。
「どうしたの、これ。」 「…。 さっき
渡された。」
「? 誰に?」 「名前なんぞ知らん。 どこかの山に住んでいるガキだ。」
以前、獣に襲われそうになったところを助けたのだそうだ。
トランクスは何も言っていなかったから、つい最近のことなのだろう。
「ねえ?」 ここで ようやく、ベジータは
こちらを見てくれる。
「女の子でしょ、その子。」
「知るか。 5歳かそこらのチビだ。 まだ、男も女もないだろう。」
「えーっ、 そんなことないと思うけど。」
まあ せっかくだから、果物はデザートとして
ありがたくいただくことにした。
皮をむくことぐらいなら、料理が苦手な
わたしにだって できる。
小ぶりで種が多かったけど、瑞々しくて甘かった。
夜。 いつもよりも狭いベッドで、いつもどおりに
わたしたちは抱き合う。
手を伸ばす。 払いのけられる。 めげずに寄り添う。 わざとらしく、肩を揺らす。
そんなことを繰り返した後、いかにも面倒そうに、彼は
わたしを抱き寄せるのだ。
強く。
ここまでは、本当に いつもどおりだ。
けど その後の、愛撫の仕方が少し違う。 この男は時々、そういうことをする。
掴んだり まさぐったりはせず 今日は、指先、指の腹だけを使っている。
まるで、くすぐられているみたいだ。
「あっ、 んっ … 」
なめらかな指は、胸、わき腹、内腿を経て、もっとも感じる部分に行きつく。
長いこと、そこに留まる。
「んっ、 んっ、 気持ちいいっ … 」
もっと、もっと。 やめちゃイヤ…。
その言葉の代わりに わたしは、腰を浮かせて振っている。
そこで、いつもの一言が出る。
「まったく、いやらしい奴だな。 おまえは本当に、下品な女だ。」
「うん、 ほんとね…。」
否定なんかしない。 ベッドの上で、裸で腰を振る
わたし。
何だか、踊っているみたいだ。
さっきから握りしめているものが、手の中で
ますます膨らんでくる。
一旦、あふれさせてしまおうか。
そう考えた、ちょうど その時。
「ああっ、」 のしかかられて、あっという間に侵入される。
始めは ゆっくり、 次第に激しく。 これから、二人のダンスが始まる。
少しだけとはいえ、彼は どうして
やり方を変えるのだろう?
雑誌やらDVDで 研究するなんて ありえない。
他の女と練習するなんてことも、無い、はずだ。
相手が どう出るかを見極めて 応え、必ず屈服させるという性質のためだろうか。
でも、それだけじゃない。 妻である
わたしを、精一杯 悦ばせるため、そう思いたい。
激しく抱き合い、溶け合いながら、夜は更けていった。
朝。 目を覚ますとベジータは いなかった。
けど、台所にいた。
トレーニングウェアを着ている。 もう外で、体を動かしてきたようだ。
「あら?」
片づけたはずのテーブルに、また果物が置いてある。
「あっ! もしかして、あの子?」
窓の外に、小さな後ろ姿が 遠ざかっていくのが見えた。
いったい、どこから来たのだろう…。
窓を開いて、ありがとう と叫んだ。 すると、少しの間
立ち止まり、わたしの顔をじっと見ていた。
「やっぱり、女の子じゃないの。」
朝食を掻き込みながら、面倒そうにベジータは答える。
「どっちだっていいだろう。」
「よくないわ。 10年後だったら、危なかったかも。」
「なに?」 「ううん、こっちの話。」
なんてことを言いながら、本当は、半分くらいは別のことを考えていた。
小さい子を見ると、なんだか とても、なつかしくなってしまう…。
その時。 電話が鳴った。
「あ〜、失敗したわー。 家以外からは繋がらないように
しておくんだった。」
会社からの呼び出しだった。 「しょうがないわ、行かなきゃ。」
ケースから、ジェットフライヤーを収納してあるカプセルを取り出す。
「あんたは まだ いるんでしょ? あっ、」
体が、宙に浮いた。
そして10秒ほどのち、わたしは夫の腕に抱かれて、空の上にいた。
「送ってくれるの? めずらしいこともあるもんだわ。 やだ、何かの前触れじゃない?」
「フン、一刻も早く 追い払いたいだけだ。 しばらく戻ってくるんじゃないぞ。」
「何よっ、 もう!」
眼下には山。 緑の木々も見える。
あの果物が 実る木かもしれない。
あの子が、空を見上げているかもしれない。
「ねえ。」 「なんだ。」
「トランクスね、今日は修学旅行ですって。
小学生だから一泊だけなんだけど、すごく楽しみにしてたわ。」
「…。」
ベジータは、返事をしない。 だけど、しっかり聞いている。
ねえ、ベジータ。
子供が大きくなっていくって うれしいけど、少しだけ寂しいわね。
あんたも そんなこと、思ったりする?
だからね、 わたしたちは ずっと
一緒に、
…
「あーあ、わたしたちも 旅行でも行きたいわね。 あっ、だけど、」
「?」
「昨夜も まあ、旅行みたいなもんよね。
観光もしてないし 名物料理も食べてないけど、家以外の場所に泊まって、
新鮮な気分でセックスして。」
「!! 朝っぱらから下品なことを
ぬかすな!! 落とすぞ!!」
そんなことを言いつつも 彼の腕は、しっかりと
わたしの体を抱きしめていた。
空の上、愛する夫の腕の中で わたしは考えていた。
これからは、ベジータの 外でのトレーニング、それに付き合う
『旅行』 を、もっとしようと。
だけど残念ながら、あまり実行できなかった。
仕事が忙しかったし、それに 次の年には、さらに忙しくなる事態に見舞われたから。
そう、家族みんなを 巻き込んでしまうほどの…。
病院のベッドの上。 生まれたばかりの女の子を抱いて、わたしは言う。
「心当たりが多すぎて、いつ できたのか
わかんないわ。 でも もしかしたら、『旅行』 の時かも。」
「チッ、下品なことを言うな!」
おなじみのセリフの後、ベジータは、小さな声で付け加えた。
「少しは控えろ。 おまえのように下品な女になったら どうする。」