043.『パパとトラ』

妹ができる少し前、中1くらいのトラと セル戦前の未トラ話の二部構成です。]

「ただいま。」  

学校から帰ってくると・・・ 居間のソファで、パパが うたた寝をしていた。 

めずらしいな、 こんな所で。  

何とはなしに顔を見ていたら、口元が動いた。

起きたのかと思ったけれど、違った。 

寝言だ。 パパは寝言で、人の名前を呼んでいた。

誰のかって?  そりゃあ、決まってるでしょ。

 

「・・。 トランクスか。」  

あっ、今のは違うよ。  あーあ、目を覚ましちゃった。  

あれ・・。 何だか、まずいなあ、この流れ。

「特に用が無いのなら、重力室に来い。 久しぶりに しごいてやる。」  

・・やっぱりね。

「いや、残念だけど おれ、試験勉強があるんだ。」 

「今日で終わったはずだろうが。」  

なんで知ってんだ?

 

「えっと、 そうじゃなくって 塾の方のテストで・・ 」  

「合わないとかで、やめたと聞いていたが 聞き違いだったか?」

「そ、そうだよ、 きっと。」 

「つべこべ言うな。 さっさと、」  

ちぇっ。 結局、問答無用か。

「わかったよ。 着替えてきまーす。」  

「ぐずぐず するなよ。  五分以内だ。」

 

あーっ、失敗したな。 居間になんか寄らないで、まっすぐ 自分の部屋に行けばよかった。

それでも仕方なく、動きやすい ジャージーに着替える。

これは普通の、市販の物だ。 特に 強化してるわけじゃないから、破れちゃうだろうなあ。

 

トレーニングをする時、 おれは大抵、ママが作ってくれた道着を着ていた。

チビだった頃、悟天の道着がうらやましくて、ああいうのが ほしいと せがんだ。

そしたらママは、パパの戦闘服作りのノウハウを取り入れて、オリジナルの道着を作ってくれた。

背が伸びるたびに、新しい物を用意してもらってたんだけど・・・

学校が忙しくなってきて、以前ほどは重力室に行かなくなった。 

そうなると、袖を通すことも自然と少なくなる。

少し前に出してみたら、ちょっと小さくなっていた。 そのことを、ママに言ったら こう答えた。

『もう少ししたら 時間が出来るから、その時にね。 

それまでは、ベジータの戦闘服でも着てたら? 前のタイプの、ストックが まだあるのよ。』

 

たしかに、今 身長は同じくらいなんだ。 だけどなあー。 

一度、ちょっとだけ着てみたことがある。 けど、すぐに脱いでしまった。

だってさ、 ママ・・ パパもだけど、 

例の、ぴっちぴちのブルーのアンダースーツを着た おれを見て、

何とも言えない、なつかしそうな顔をするんだもの。

イヤなわけじゃないよ。  でも、なんだかね、 照れくさいんだよ。

 

 

精神と時の部屋。 遥か天界に、密かに存在する 神秘の空間。

この部屋で過ごす一年は、外界の わずか一日であるという。

それに加えて、寒暖の差、薄い酸素、重力の負荷の高さ。

この環境でトレーニングを積んだなら、必ずや 超サイヤ人の限界を超えられるだろう。

何しろ、本気で 戦闘訓練のできる 相手が同行しているのだ。

少々、不本意ではあるが・・・。  

ベジータは、離れた場所に腰をおろしている息子、トランクスに視線を向けた。

 

今は食事中だ。  

トランクスは淡々と 食物、大きなかめの中に入っていた 粉状の物だが・・ それを口に運んでいる。

ベジータも、そうした。 

だが、「まずい。」  思わず、そう言いかけた。

けれど 息子の発した一言で、やめた。 

「すごいな、これ。 飲みこむたびに、力が湧いてくるみたいですね。」

 

そうだ。 フリーザ軍にいた頃は、たまの例外を除いては 何よりも 栄養重視の食生活だった。

地球に来て、裕福なC.C.を拠点にするようになってから、美食が癖になってしまったらしい。

 

誰にともなく、トランクスが ひとりごちる。

「おなかもふくれるし・・。 これを、皆に届けられたらなあ。 

特別な物だから、外に持ち出すことはできないのかな。」

自分の育った、 人造人間に破壊された 不自由な世界で暮らしている人々に届けたい、

と いうことだろう。

その、いかにも 善人らしい発想に、ベジータは苛立つ。

まったく、混血とはいえ サイヤ人の血が流れているとは思えない。

超化したところを見ていなければ、我が子だと認めてやることは できなかったかもしれない。

 

しかし、 もし それを口に出したならば あの女 ブルマは、目を吊り上げて怒っただろう。

『確かに、髪も瞳も黒じゃないわ。 だけど、顔立ちは誰が見たって・・ 』 

そんなふうに訴えるだろうか。

ああ それとも、尻尾の痕を、改めて見せつけようとするかもしれない。 

赤ん坊の方ではなく、青年となっている息子のだ。

 

口元が、ゆるんでしまいそうになる。 

振り切るように、ベジータは首を横に振った。

考えては いけない。 あの女は、自分を堕落させる。

たとえば、快適すぎるC.C.と距離を置くべく、外にトレーニングに出ようとする。

そうすると必ず 行き先をしつこく尋ね、

戦闘服の換えの入ったカプセルに、ありとあらゆる保存食を 詰め込むのだ。

 

堕落。  しかも それは、食に関することばかりではなかった。

 

睡眠をとろうと 瞼を閉じると、いつも思いだしてしまう。

しっとりと、吸いついてくる唇、指先。 

甘ったるい 肌の匂いは、蜜か何かを仕込んでいるかと思うほどだ。

やわらかく、豊かな胸に 埋もれたくなる。

生意気な言葉を発する口元から、泣き声に よく似た声を出させたくなる。

「畜生・・。」

   

もう 本当に、いい加減にしなくては。 

そもそも こんなふうに、体を横にして眠ることも よくないのだ。

フリーザ軍時代は、いつ 敵がやって来ても 応戦できるよう、床に腰を下ろし、

壁によりかかりながら眠った。

これからは また、そうしよう。 そうすれば きっと、つまらぬことを考えたりは しなくなる。

だが、明日からだ。   

ベジータは、深い眠りに落ちていった。

 

朝。  目を覚まして 辺りを見回すと、トランクスの姿は 既に無かった。

どうやら、遅れをとってしまったらしい。 扉を開け、白い空間に足を踏み出す。 

やはり トランクスは、一足先にウォーミングアップを始めていた。

 

「おはようございます。」  動きを止めて、頭を下げる。  

何故起こさなかったと 責めるのも おかしいと思い、何も言わずにいた。 

すると トランクスは、意外な言葉を口にした。

「声をかけようとしたんですが、 その・・ 寝言が聞こえて、ちょっと 照れてしまって。」

「寝言だと? フン、聞き違いに決まっている。」 

「いや、 たしかに、ブルマって聞こえましたよ。」

「嘘を言うな! なんのために そんな、」 

「そうですよね。 もし嘘だったら、父さんにじゃなくて母さんにつきます。 喜ばせるために。」

「・・おい! あの女に余計なことを言うんじゃないぞ!」 

「あの女・・。」 「貴様の、母親だ。」

「どっちのですか?」 「どちらにもだ!!」

 

不機嫌極まりない様子の父親。 

その姿を見つめ、トランクスは考えている。

 

寝言で名前を呼んでいたのは もちろんだけど、これほどまでに うろたえたってことも、

母さんには うれしいんだろうな。

きっと、何よりも うれしい おみやげになるだろう。

 

「くだらん おしゃべりをしている時間はない。 トレーニングを始めるぞ。 俺を殺す気で来い。」

「はい!」 

精神と時の部屋。  この特別な空間での、二日目が始まろうとしていた。

 

 

「ちょ、ちょっと タイム。 あーあ、やっぱり・・。 ボロボロになっちゃうなあ。」

重力室。  おれは 穿いていたズボンの、穴の開いてしまった膝を見つめた。

 

「おい! さっきから、何度 休めば気が済むんだ!」

「だってー、 おれは学校にも行って、疲れてるんだよ。 パパは さっき昼寝したから いいだろうけど。」

「チッ、 口の減らん奴だ。」

それは 普段、ママに 向けて使っている言葉だ。

 

「ママ、大変だよね。 昨夜は遅かったっていうのに、今朝も早く出てさ。」

ああ、そうか。 だから パパも、寝不足気味だったのかな。

「・・今日は早めに帰れると言っていた。」  

「そうなんだ。」  ちゃんと把握してるんだね。

 

「ねえ、じゃあさ、迎えに行ってあげようよ、 たまには。」 

「何のためにだ。」 

「何のためって、喜ばせるためでしょ。」 

会社は、迎えが必要な距離じゃないからね。 

出先から帰ってくるとしても、車もあるし運転手だっている。

 

「そんな必要はない。」 

「・・・ 」  

言い返そうと、言葉を探していた その時。 ママの気を感じた。

もしかしたら、パパは気付いていたのかな。 おれよりも、もう少し 早く。

「じゃあ、お疲れ様って言いに行こうよ。」 

「あとで言ってやれ。 さあ、休憩は終わりだ!」 

「えーっ、 まだ やんのー。」

 

まあ いいか。 

迎えに行っても、出迎えてあげたとしても ママは喜ぶ。

でも もっと、笑顔にできる ことがある。

「さっきね、 パパが寝言で、ママの名前を呼んでたんだよ。」

あとで そっと、教えてあげるつもりだ。