094.『忘れ得ぬ過去』
[ 管理人の大好物である、ヤムブルベジ・・トラもか? もてブルマです。
たしかに、わがままなところも多分にある。
けれどブルマは、根っこの部分は 素直だった。
優しい両親に見守られ、恵まれた環境で
のびのびと育ったためだろう。
実は彼女の その美点は、ベッドの上で
よりはっきりと表れた。
無神経な批評などは決してせずに、うっとりと瞼を閉じて、おとなしく身を任せる。
反面、言葉惜しみすることなく、サービス精神やホスピタリティを存分に発揮する。
だが、彼女の その姿を、実際に目にしたことのある者は、この世で二人だけだった。
日曜日。 新しいエアカーに乗り、ヤムチャがC.C.にやって来た。
前日の、ブルマとの電話でのやりとりが、胸の奥に引っ掛かっていたためだ。
その電話は、ヤムチャの方からかけた。
新車を購入するにあたり、いろいろと便宜をはかってもらった礼を言うつもりだった。
めずらしく、ブルマは元気が無かった。
仕事の忙しさもさることながら、年老いた両親の体の具合も芳しくないらしい。
いろいろと、たまっていたのだろうか。
彼女は、夫であるベジータの不満を口にし始めた。
久しぶりに、大きなケンカをしてしまった。
理由は、どうしても一緒に行きたい所があるのに
了承しない、まるで聞き入れてくれないというのだ。
やや 呆れながらヤムチャは言った。
『そんなの、今 始まったことじゃないだろ。』
『そうだけど・・。』
『おれで よかったら付き合おうか? 車、安く買えたしさ、
そのお礼も兼ねて。』
苦笑いと共にブルマは答えた。
『ありがと。 でもね、他の人じゃダメなのよ。』
その直後、ヤムチャは電話口で、驚くべき事実を聞かされたのだ。
玄関に向かって歩いていくと、これまた
めずらしいことに、庭先にベジータの姿があった。
「やあ。」
声をかける。 当然、 無視される。
「ブルマは?日曜だけど、仕事なのかな。」
「・・知らん。」
今度は、口に出して答えた。
「なんだよ、妻の行き先も知らないのか?
・・こりゃあ、以前 神龍に頼んだ おれの願いが、叶う日が近いってことかな。」
ひとり言のような言葉に、ベジータは素早く反応した。
「どういう意味だ。」
「知りたいか? あのな、セルとの戦いの後、三つの願いのうちの一つが、余っちまったんだよ。」
「・・・。」
「で、おれは言ったんだ。 ブルマと、元に戻りたいってな。」
もちろん 嘘だ。 クリリンが、今は妻となった18号と、その弟である17号に関することを願った。
「それが うっかりしちゃってさ。 いつ、って言い忘れちゃったんだ。
自分でも忘れちまってたけど、今 やっと叶ったのかもな。」
足を止め、こちらを向いていたベジータ。
その表情は いつもと、特に変わった様子はない。 だが、気の刺々しさといったら・・。
身の危険は感じるが、どのように反応するかを確かめずにはいられない。
ブルマは おそらく、しょっちゅう
そんな賭けをしているのだろう。
だが。
「どうとでも、勝手にすればいいだろう。」
冷淡な一言だけを残し、ベジータは歩き去った。
しかし その後。
「ヤムチャさん!!」
「トランクス。 そうだよな、今日は日曜だもんな・・。」
「今の話、本当なの?」
「あ、いや、違うんだよ。 えーと、」
「ひどいや!」
何と説明すべきかと口ごもっているうちに、トランクスも走り去ってしまった。
「あっ、 おい、 ちょっと待てよ!」
一旦、家の中に入っていった。 父親であるベジータに、何かを訴えているのだろうか。
それから数分ほど経ったのち。
窓から、彼は飛び立って行った。 一人で。
「まずいなあ、 トランクスに聞かせるつもりじゃなかったのに・・。
これは、話しておいた方がいいだろうな・・。」
ブツブツとひとりごちながら ヤムチャは、携帯電話を取りだした。
電話を切った・・ いや、一方的に切られた
しばらくのち、
仕事を切り上げたブルマが、怒りの表情で帰宅した。
「なんてことしてくれたのよ! いったい、何のために
そんな嘘を!」
その時。 着信音が鳴った。 ブルマの携帯電話だ。
「はい。 あら・・。」
かけてきたのは悟飯だった。 C.C.を飛びだしたトランクスは、孫家に立ち寄った。
両親と出かけたため、悟天はいなかった。
そのことを知ると、がっかりした様子で再び
どこかに飛び去っていったという。
ドラゴンレーダーを持っていたことを不審に思い、わざわざ連絡してくれたのだ。
通話を終えた ブルマはつぶやく。
「あの子ったら、ドラゴンボールを探しに行ったんだわ。」
「両親を仲直りさせようとしてるんだな。 親孝行な息子だなあ・・。」
「もう!なに 呑気なこと言ってんのよ!」
ブルマは、家の奥へと続く廊下に視線を向けた。
ベジータを呼ぶべきかどうか、迷っているのだ。
けれど 目の前の、ヤムチャに向かって声をかける。
「行くわよ。」
「トランクスを追いかけるのか?」
「そうよ。 嘘を真に受けて、一人ぼっちでドラゴンボール探しなんて可哀想じゃないの。」
最新型のエアカーは、道路状況によっては
小型のジェットフライヤーと同じくらいのスピードが出る。
ハンドルを握りながら ヤムチャが言った。
「悪かったよ、余計なことして。 ちょっと、つついてやろうと思ったんだよ。」
「気持ちは ありがたいけど・・。」
「でもさ、ブルマだって良くないだろ? 普通に話せばいいのに、まわりくどいことするからだよ。」
「わかってるわよ。 でもね、」
思い切り、への字になった口で続ける。
「あの人、前の・・トランクスの時は
まるで無関心だったでしょう?
だから今回は始めから いろいろ見て、参加してほしかったのよ。」
だって わたしにとっては、これが最後だもの。
ぽつりと そう付け加えた、ブルマの華奢な肩。
それに腕をまわしてやることはせず、ヤムチャは、ひたすら運転を続けた。
トランクスの気を追って、車は人里離れた
山間部へ入っていく。
「うん、 そろそろ近いな。」
眉を寄せ、集中しながら気を探っていた
ヤムチャ。
「あれ?」 彼は、はっとなった。
「なによ、 どうしたの?」
ブレーキを踏み、車を停める。 「いたの? どこ?」
「・・ この少し先だよ。 おれはお呼びじゃないから、一人で行くといい。
帰りも、車は必要なさそうだ。」
その言葉の意味を、ブルマは理解した。
「ありがと、ヤムチャ。 ここまで連れてきてくれて、それに心配してくれて。」
「いいよ いいよ、早く行ってやれよ。」
「あんたが誰かと結婚する時は、わたしとベジータが立会人になってあげるわね!」
「それは・・ 遠慮するよ。」
車を降り、舗装されていない道を小走りで進んで行くと・・ 息子と、夫の姿があった。
父親に向かって、トランクスが叫ぶ。
「パパ、やっぱり来てくれたんだね。」
ベジータも、つい先ほど 着いたばかりのようだ。
「手伝ってよ。 おれ 一人じゃ、これしか集められなかったよ。」
それでも、足元には三個のドラゴンボールが転がっていた。
ベジータが口を開いた。
「なら やめろ。 もう、集めなくていい。」
「? なんで?」
「必要ないからだ。」
「どうしてさ! パパはヤムチャさんに、ママをとられちゃってもいいの!?」
短い沈黙の後、 ベジータは答えた。
「そんなことにはならん。」
「だって、神龍の力だよ!? なんで
そう言いきれるの?」
息をひそめて、見守っていたブルマ。 夫の、次の言葉を待つ。
「そんなことは、ありえないからだ。」
・・・
ありえない、か。 させない、って言ってくれればいいのにね。
でも、いいわ、 それでも・・。
「ベジータ! トランクス!」 夫と息子の元へ駆け寄る。
「ママ!」
「ごめんね、トランクス、心配かけて。 あの話はね、ヤムチャの冗談だったのよ。」
「あの野郎・・!」
意外にも、ベジータの方が気色ばんだ。 今にも飛び出して行きそうな夫を、必死でなだめる。
「ヤムチャは心配してくれたのよ。 ここへも、あいつが連れて来てくれたの。
ちゃんと言わなくてごめんね、 あのね、 わたし・・」
妊娠したの。トランクスの、弟か妹ができたのよ。
その言葉を聞いたベジータとトランクスは、同じ顔をして驚いた。
夫に向かって、ブルマは続ける。
「あんたに一緒に行ってほしかったのは、病院よ。
トランクスの時は母さんたちにうんと助けてもらったけど、もう年でしょ。
今度は わたしたちだけで頑張らなきゃいけないから。」
そして、息子に向かって言おうとした。
そのドラゴンボールは、とりあえず
うちで預かっておきましょ。
赤ちゃんが無事に生まれるための、お守りにするわ。
「・・って、 あら? トランクスは?」
辺りを見回したが、姿が見えない。 どうやら、気を利かせてくれたらしかった。
「ねえ、 乗せて。」
ヤムチャはギョッとした。 低空を飛びながら、エアカーの窓をノックしている子供、
それはトランクスだった。
助手席におさまった彼に、話しかける。
「さっきも話してたんだけどさ、トランクスは親孝行だな。 両親を、仲直りさせてやろうとしたんだろ?」
「・・。 うちの中がゴタゴタするのはイヤだったから。」
口をへの字にして答える、 その顔はベジータと
ブルマの、どちらにも似ていた。
「ヤムチャさんこそ。 ママのために、パパを動揺させようとしたんでしょ?」
「まあな。 たまには ちょっとだけ、波風をたててやろうと思ってさ。」
「意外と度胸あるんだね。 殺されるって思わなかった?」
「うーん、おれのことは雑魚扱いだからな。 そこまでは、しないんじゃないかなあ・・。」
「甘いね。」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん。 かっこいいね、この車。」
口には出さず、心の中でトランクスは続ける。
甘いよ、ヤムチャさん。 確かに、戦闘に関してはそうかもしれないけど。
そう、ヤムチャは知らない。
車の購入のために ブルマと頻繁に連絡し合っていたことも、ベジータの不機嫌の一因だったのだ。
トランクスは、父親であるベジータのことを、よーく
わかっているのだった。
かつて ベッドの上で、ブルマに向かってベジータは言った。
『まったく、下品な女だ。 いったい、これまで何人の男に
そうしてやったんだ?』
ブルマに魅かれ、その肉体に溺れていく自分を、認めたくないためだった。
まだ若かったブルマは腹を立て、見栄を張るのも忘れて答えた。
『失礼ね! 一人だけよ。』
一人だけ。
ベッドの上での、彼女の あの表情や声、そして
さまざまな・・・
それを知っている男は、自分の他に
もう一人いる。
『・・フン、 己惚れが強いわりには
不甲斐ないな。』
『だって、出会ったのは まだ16の時よ? わたし、強い男じゃなきゃイヤだし。』
『強いだと? あいつがか?』
バカにしたように せせら笑う。
『そりゃあ あんたには敵わないけど、地球人の中では十分強いでしょ。』
『・・・。 他にもいるだろうに、何故あいつなんだ。』
『孫くんは子供だったし、他の人も
ちょっとねえ。 ヤムチャが、一番優しくて かっこよかったのよね。』
『・・・。』
軽い気持ちで発したブルマの言葉により、嫉妬の念はベジータの、奥深い所に刻み込まれてしまった。
プライドの高さが邪魔をするため、あまり露骨には出さないのだが・・・
実は ヤムチャの命は、首の皮一枚でつながっているようなものなのだった。
そして またしても、ああいう形で揉め事を収束させてしまいました。
安易かもしれませんが、やっぱりベジブルにとっては大きな節目だと思うのです。]