175.『月と宇宙船』

二人が深刻な喧嘩をしちゃう話って うちは少なめなので、書いてみました。

解決はしていないとも言えるんですが・・ それでも歩み寄り 寄り添って、

仲の良い夫婦でいてほしいという願いを込めて・・・。

また ブラ授かり話は他にも いくつかあるのですが、別verということで・・。]

とにかく忙しかった。 とても疲れていた。 

だから、あんなことまで言ってしまったんだと思う。

この忙しさが一段落したら、短くてもいいから どこかに旅行に行きたい。 

そう言おうとしていたのに。

 

帰ってくるなり ベジータに、重力室の点検をするよう 命じられた。

「勘弁してよ、 疲れちゃって・・。 今日は お昼に抜け出して、トランクスの学校にも行って来たのよ。」

三者面談があったのだ。  

「あの子、教科によって得意 不得意の差が大きいのよね。 

今はいいけど、先のことを考えると ちょっと心配だわ。」

ベジータときたら、露骨に興味なさげな顔をする。  そのことに対しても、不満が募る。

 

「少しだが、重力装置の心臓部を開いて診てみた。」 

「あら、そう。 どうだった?」

そう。 この人は、本当は もう、自分の手で調整できるのだ。 なのに、あえて わたしに任せている。

信頼の証だと、余裕のあるときならば 喜べるんだけど・・・。

「寿命かもしれんな。 大掛かりな補修が必要かもしれん。」 

「・・・。 なら なおのこと、しばらくは無理だわ。」

 

あと何日か、時間がとれるようになるまで待ってよ。 

そう言うはずが何故か、別の言葉を口にしてしまった。

「もう、平和になったじゃないの。」

「なに?」 

「それなのに どうして、そんなに 毎日毎日、体を鍛えなくちゃ いけないわけ?」

「・・今さら、何だ。」

 

そうね。 愚問だわ。  

ベジータが、厳しいトレーニングを休むことなく 己を鍛え続ける理由。

それは、孫くんと雌雄を決する日のためだ。

そもそも、彼は そのために、この地球に留まった。 

C.C.を自分専用の基地のように扱い、その流れで わたしと関係を持った。

強大な敵に挑んで 命を落としたことだって、彼にとっては行きがかり上に すぎなかったのだろうか・・。

 

「あんた、そんなに、ここから いなくなりたいの?」 

「・・? 何を言ってる?」

止まらなくなる。 せっかく、死なずに済んだのに。  生き返ることが できたっていうのに。

「だって、そうでしょ。 孫くんと決着をつけるってことは・・・ 」

「おまえは、この おれが負けて、奴に殺されると思っているのか?」

荒げてはいない。  けれど 静かな、怒りの籠もった声。

 

「・・あんたが勝ったとしても、 もう ここにはいられなくなるわ。 そう思わない?」

孫くんとベジータの間に、友情が芽生えているのは わかっている。 

だから殺し合いには ならないかもしれない。

だけど、保証はできない。  一歩 間違えば、どうなるか わからない。

「孫くんを殺してしまった後、ここで いつもどおり暮らせるの? 

悟飯くんや悟天くんたちと、顔を合わせられる?」

そのためのドラゴンボールではないか。 そう考えているのかもしれない。 

でも・・・

 

「もう いい。」   

部屋を出て行こうとしているベジータ。  その背中に、言葉を投げつける。

「そうだわ。 特訓したいのなら、宇宙へ出たら どう?」

足を止めた彼に向かって、さらに言ってしまう。 

「うちの社ではね、ちょうど 今、宇宙開発事業を進めてるところなの。 宇宙船、使っていいわよ。」

そうですとも。 スタッフに、文句なんか言わせないわ。 

C.C.社のトップである このわたしが言うんだからOKよ・・・。

「ずーっと 行ってていいわ。 なんなら もう、戻って来なくたって・・、」

それに対し、たった一言 ベジータは答えた。 

「じゃあ、そうさせてもらうか。」

 

わたしは泣いた。  

彼が立ち去ってしまった部屋で、 ソファの座面に身を投げ出して。

 

どうして あんなことを、口に出してしまったんだろう。 

言っても どうしようもないことだって、わかりきっているのに。

だけど あれらの言葉は、長いこと・・ 

ベジータを愛するようになってから ずっと、頭の隅にあったのだ。

なのに、ここしばらくは忘れていた・・ 思いださなかった。 

それは多分、とっても幸せだったから。

 

溢れてくる涙を 手のひらで拭いながら、わたしは うそぶいた。

「平気よ。 わたしにはトランクスがいてくれるもん。 だから、ベジータがいなくたって、全然 平気。」

 

今日は本当に忙しかった。 疲れていた わたしは、そのまま、いつの間にか眠ってしまった。

 

 

天界。 

大きな、地球だけでなく、宇宙までをも脅かすほどの恐ろしい戦いが終わって、戦士たちが帰還した。

この世に戻れることになったという孫くん。 

彼に向かって、満面の笑顔で家族が駆け寄る。

よかったわね。 でも・・・   

『ねえ、 ・・・ ・・・ ベジータは?』

『あいつは、ダメだったんだ。 死人の状態で殺されちまうと、存在そのものが消えちまう。 だから・・ 』

 

ショックだった。 だけど、孫くんからの答えと同じくらいに驚き、傷ついたのは・・・

ベジータという名前が、すぐに出てこなかったことだ。 

 

周りを見回す。  あの人の不在を、戻らなかったということを、皆は気にしていないように見える。

何よ、 ひどいじゃないの。 あんまりだわ・・・ けど、何だか おかしい。

これって皆の中から、あの人に関する記憶が消えてしまっているせいなの?

共に戦った孫くん、 そして わたしと、トランクスを除いては。

もしかすると、わたしたちの中に辛うじて残っている記憶も、そう遠くないうちに、いずれ・・・

『冗談じゃないわ。 イヤよ、そんなの。』

 

トランクスも、同じようなことを考えていたらしい。 

『ママ・・。』 

ひどく不安げに、訴えかける。

『大丈夫よ。』  自分自身に、言い聞かせるように答える。

『何か、方法が あるはずだわ。 とにかく、一度 家に帰りましょう。 

おばあちゃんたちも心配してるでしょうし、 ママ、とっても疲れちゃった・・。』

 

その夜は、一人きりのベッドの中で、泥のように眠り込んでしまった。

 

けれども 翌朝、事態は さらに悪くなっていた。

あの人の、名前が出てこない。  

この部屋で、この家で、いろいろなことがあったというのはわかるのに、

具体的には思い出せない。

 

『そうだ、写真は? 何年も この家にいたのなら、写真くらい あるはずよね。』

そう思って、必死に探したけれど見つからない。 

どうして? もともと無いの? 撮るのを嫌がったの? ケンカした時に、捨てちゃった? 

それとも・・・  消えちゃった? 

 

半泣きの わたしを見つめて、トランクスは言った。

『おれのパパは悪い人だったから、戻って来れなかったの?』 

『何言ってるの!』 

思わず 声が、大きくなった。 『どうして そんなこと・・・』

『だって、悟天の お父さんは生き返ったのに・・。』

 

トランクス。 わたしと よく似た髪質、同じ色の瞳。 

でも 顔立ちは、全然違う。 父さんにも、母さんとだって似ていない。

それは、つまり ・・・

名前が、同じ時を過ごした記憶が、思い出が、残らず 消えてしまっても わたしたちは、

あの人の顔だけは、忘れずに済むのだ。

 

『でも! そんなのイヤ!』 

ありったけの想いを込めて、わたしは叫ぶ。

「イヤ! イヤよ、 そんなこと・・・。」

 

「ママ、 ママ、 大丈夫?」  わたしを呼んでいる声。 

トランクスの手に、揺り動かされて 目を覚ました。

「びっくりしたよ・・。 いくら疲れてるからって、こんな所で寝ちゃダメじゃないか。」

 

いつの間にか、朝になっていた。 なんと あのまま、ソファの上で眠りこんでしまっていたのだ。

かけてあった毛布が、床に ずり落ちる。  確か、こんな物は無かったはずだ・・・。

「ベジータ!」 「パパ! ママ 起きたよ。」  

ほぼ同時に、声をかける。 ドアの向こうに、立っている彼に。

 

弾かれたように立ち上がり、駆け寄る。 両腕を広げて、抱きつく。

「やめろ。 何なんだ。」 

いやな顔をしながらも、決して強くは払いのけない。

「重力室ね、ちゃんと強化して改造するわ。 来週の後半には、時間がとれるようになるはずだから。」

「・・・。」  

「トランクスのためでもあるもんね。 勉強も大事だけど、男は強くなくっちゃ。 

しっかり、鍛えてやってちょうだい。」

「げっ・・ いいよ、おれは。」  

何か言ってるようだけど、気にしない。  

 

ベジータの肩に、両腕をまわしたままで続ける。

「宇宙に出ればって言ったけどね、今 造ってる宇宙船は、月・・ 

せいぜい太陽系内しか飛べないの。 だから、武者修行にはならないわ。」

それは本当で、だけど 嘘も混じっていた。 

ナメック星に飛んだ際の 宇宙船のデータは、しっかりと残っている。 

でも、それらは あえて小出しにしている。

宇宙開発事業は、地球政府も関わっている。 

宇宙人との戦いのあれこれについてを、深く詮索されたくなかった。

そのことは多分、ベジータも わかっている。 だけど やっぱり こう言った。

「フン、 まったく 遅れた星だ。」

 

「そうね。 でも、頑張ってるのよ。 今じゃ 月にはね、いろんな施設ができてるわ。 

わたしも一度行ってみなきゃと思ってて・・ そうだわ!」

素晴らしい考えが ひらめいた。 

「月に行きましょうよ。 あんたとわたしと、トランクスの3人で。」

「なんだと? 何のためにだ。」 

「リフレッシュよ。 どこか旅行したいな、って ずっと思ってたの。 

いいじゃない。 宇宙、なつかしいでしょ?」

それに トランクスだって、自分の目で 宇宙を見ておくべきよ。 絶対。

 

 

「・・・ いちいち、引き合いに出さないでほしいなあ。」 

一向に離れようとしない両親を横目で見ながら、おれはぼやいた。

 

気付いてないのかな。 

重力室のことや何かで パパが文句を言いだすのって 大抵、

ママが忙しくて、家にあまりいられない時なんだよ。

 

翌月。 ママの強い希望により、おれたちは本当に 月旅行をした。

珍しい写真も撮れたし、作文のネタには当分困らないだろう。 

でも あくまでも 旅行であり、暮らすのは ちょっとな、って思った。

知らない星に住みついて 家族を持ったパパのことを、改めてスゴイな、とも。

 

あの夜、 パパとママが言い争いをしていたことは気付いていた。

だけど 朝には もう 仲直りをしていて、旅行の時なんか ラブラブだった。

何度も おんなじことを繰り返してるんだよな、おれが うんとチビの頃から・・・ 

いや、生まれる前からなのかも。

 

そうだ。 内緒なんだけど、ママに、赤ちゃんができたみたいだよ。

ちゃんと教えてもらってないし、弟か妹かも、まだ わかんない。

パパとママのケンカを見たら、びっくりして きっと泣いちゃうだろうな。

そしたら おれ、ちゃんと言ってあげるつもりなんだ。 

「なんにも心配いらないよ。 本当はすごーく仲良しなんだからって。」

 

おじいちゃんやおばあちゃん、 おれの周りの大人たちが、おれに言ってくれたみたいにね。