085.『あなただけに教えてあげる』

仕事で夜遅くなってしまって、ようやく寝室のベッドに身を沈めると

隣で寝ていたベジータが覆いかぶさってきた。

「寝てたんじゃないの・・・?」  「起こされたんだ。」

「ダメ・・・。 疲れてるの。」

 

若い頃とは違って、無理強いをせず体を離そうとする。

わたしはそんな彼の背中に腕をまわして、軽く口づけをした。

「ね、 キスだけして。」

ベジータの怪訝な表情が苦笑いに変わった。

 

もう、10年以上も前のこと。

命令と皮肉しか口にしないようなこの男と、一線を越えてしまった。

一時は毎晩のように抱かれていた。

彼は尊大にも見える態度で、

わたしの部屋に、ベッドに入ってきてわたしを組み敷こうとする。

ドアはもう、ロックしなくなっていた。

その晩も、彼はやって来た。

当然みたいなその態度が癪で 「今日はイヤ。 疲れてるの・・・。」 と言ってみた。

いたわってくれるなんて期待してなかったけれど、

意に介さずに行為を続ける彼に少しがっかりして、「勝手な男ね。」 と付け足した。

それを聞いたベジータは手を止めて、ある一言を口にした。

わたしは否定することができず、彼の下で こっくりとうなずいた。

ベジータの表情がふっ、とゆるんだように見えて、いつの間にかライトが消されていた。

 

朝になると彼は、わたしをベッドに残して声もかけずに部屋を出ていく。

それを見るのが寂しくて、いつも起きられないふりをしていた。

 

だけどその朝、信じられないことがおきた。

わたしに毛布をかけなおした後で、 ほんの一瞬・・・  唇を重ねてきたのだ。

とても優しく、 ほんとうにそっと。

 

部屋のドアがしまる音がしてからわたしは、

ベジータの体温の残る枕に突っ伏してつぶやいた。

「・・・好き。  大好き。」

 

ベジータは確かにわたしの言うとおりに、キスだけをしてくれた。

繰り返されるそれは、次第に熱を帯びてくる。

観念したわたしは、彼の耳元で小さく訴える。

「やっぱり、抱いて。」  「 ・・勝手な女だな。」

 

あきれたように言う彼に、わたしはあの日と同じ言葉をかけてみた。

ベジータは言い返すことなく、わたしを抱きすくめた。