225.『命の重さ』

[ トラパンのような、トラブルのような()感じのお話ですが

 ..一家ものということで、こちらにupします。]

行事の振り替えで、学校が休みになった月曜日。

悟飯さんとビーデルさんに、赤ちゃんが生まれたお祝いを渡すために 病院へ行くことになった。 

おれ一人で。

 

ママも行くはずだったんだけど 具合が悪くて起きられず、とても出かけられそうにない。 

仕事だって先週から休んでる。

そう。 ママにも、赤ちゃんができたんだ。

 

料理のにおいを嗅ぐと気分が悪くなるみたいで、このところ食堂にも下りてこない。

心配になったおれが寝室を覗くと、ママは小さく切った果物を口にしていた。 

ベッドに腰かけた、パパの手から。

 

パパはやっぱり変わったと思う。 赤ちゃんができてから。 

いや、ブウとの戦いの後からかもしれない。

おれが呟くと、おばあちゃんが笑って言った。

「ずーっと ああだったんじゃないかしら。 二人でいる時は。」

・・そうなのかな。

 

 

病院に着いた。 あたりまえだけど、産婦人科なんて初めてだ。

 

二階に上がると、開いてるドアに閉まってるドア、

そのあちこちから 小さな赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

居心地がいいのか悪いのか、よくわからない。

 

ビーデルさんがいる部屋がどこなのか聞こうと、看護師さんを呼び止める。

「ああ、孫さん・・ ビーデルさんね。そこのお部屋なんだけど・・ 」 

すぐそばにあるドアを示す。

「昨日 お客さんが多かったせいか疲れちゃったみたいで、少し休んでもらってるの。 

赤ちゃんも こっちで預かってるのよ。」

 

看護師さんに連れられて 歩いて行くと、壁の上半分がガラス張りになっている部屋に着いた。 

手を洗うように言われて、言うとおりにする。

 

「ほら、 この子よ。」

キャスターが付いた小さなベッドから、黒い髪の赤ちゃんを抱き上げた。

「首のところ、気をつけてね。」 

そう言って、おれに渡そうとする。 緊張しながら、両腕で受け取る。

 

軽い。 だけど とってもあったかくて、人形なんかとは全然違う。 

思わず口から出た。 「かわいいな・・。」

 

淡いピンクのベビー服に開けた穴からは しっかりと、長い茶色の尻尾が揺れる。

看護師さんは、それについて何も言わない。 

まぁ、この地球にだって、いろんな奴がいるからね。

 

腕の中にいる赤ちゃんは ぐずりだすこともなく、おれのことを じっと見つめているみたいだ。

瞳はまるで、濡れたように黒い。

「目はまだちゃんと見えてないけど、声は聞こえるのよ。 話しかけてあげて。」 

そうなんだ。   「やぁ、こんにちは・・ 」

 

その時。眠っている赤ちゃんを起こしてしまわないような、独特の音のベルが鳴り、

看護師さんは電話をとるためにおれたちから離れた。

 

おれは話し続ける。

「おれ、トランクスだよ。 きみの叔父さんの、悟天の友達・・ 兄貴分ってとこかな。

きみは名前、なんていうの?」

ベッドにネームプレートが付いていたけど、名字だけしか書かれていない。

「なんだ。 名前、まだ つけてもらってないのかい?」

 

どんな名前がいいのかな。 女の子だから、うんとかわいい名前・・ 

だけど、呼びやすい方がいいと思うな。

おれの名前、ちょっと長いだろ。 テストに名前書く時なんか、面倒なんだよ。 

そんなことを思っていたら、赤ちゃんが 小さな手を開いて、

おれが着ていたパーカーのフードの紐を握りしめた。 つついてみても、離さない。

 

「やっぱり、結構 力あるな。 ねぇ、離してよ、 ・・・ちゃん。」

名前が無いと呼びにくいな。 

そうだ。悟飯さんの子供なんだから、パンにすればいいのに。

 

「パンちゃん。」 声に出して、呼んでみる。

すると小さな口元が、まるで笑ったように動いた。 だから、もう一度呼んでみた。

「パンちゃん・・・。」

 

「トランクス。 来てくれたんだ。」

後ろの方から、聞きなれた声がした。 「悟飯さん。」

 

おめでとうございます、と頭を下げて、ママから預かってきたカプセルを渡す。

中に入っているお祝いの品は、C.C.社製の最新型のベビーカーだ。

型をチェンジしていけるから、幼稚園に入る頃まで使えるらしい。

だけどその頃には もう、自分で空を飛んでるんじゃないかな。

 

「どうもありがとう。 トランクスのところも楽しみだね。

だけど、ブルマさんは大変だね。 具合、良くないのかい?」

「病気じゃないから大丈夫、って言ってました。」

 

そうなんだ。 おれが心配して声をかけると、ママはいつもそう答える。

『わたしは病気じゃないから、平気よ。』  ・・・

 

悟飯さんに抱っこされた赤ちゃんは、泣いているのとは違う、甘えたような声を出す。

ちゃんとわかってるんだ。 自分のお父さんだってこと。

 

 

それから何日か後。 

おれが学校から帰ると ママが起きていて、居間のソファに座っていた。

まだパジャマにガウン姿だけど、ずいぶん顔色が良くなったみたいだ。

 

「ビーデルちゃんから、お礼の手紙が届いたのよ。」

きれいな封筒の中には 手紙のほかに、退院してから撮った写真と・・

「ねぇ、これ 何かしら?」 赤い色の紐が入っていた。 

あの日、赤ちゃんは結局、フードの紐を離さなかった。

だから仕方なく片方の結び目を解いて、上着から抜いてやったんだ。

 

「赤ちゃん、パン、って名前になったんですって。 かわいいわね。」

「へぇ・・。」

悟飯さん、あの時 聞いてたのかな。 何も言ってなかったのに。

 

少しやせてしまったママは、赤ちゃん・・ パンちゃんの写真をずっと眺めている。

その横顔を見ていたおれは、とうとう口に出してしまう。 

「ママは、そんなに赤ちゃんが欲しかったの・・?」

おれが いるのに? それは、言わなかった。

 

「そうよ。」 ママは答える。 

「理由はいくつかあるんだけど、その一つは 寂しいからよ。」

「寂しい?」  ママが?

 

「だって、トランクスはもうすぐ大人になって、ママよりも大切な女の子ができるでしょ。」

わかんないよ、 そんなの。 口ごもるおれに、ママはきっぱりと言った。

「そうなるのよ。 みんな、そうなの。」

手にしている写真には、パンちゃんを抱っこしている悟飯さんが写っていた。

 

おれはママに言った。「女の子だったらいいな。 おれ、妹がいい。」

「そう?弟のほうが一緒に遊べるんじゃない?」

「弟みたいなのは、悟天がいるからいいよ。女の子ならきっと、パンちゃんといい友達になるよ。」

 

そうだよ。 あんな かわいい子だったらいいんだけどな。

それに・・  はっきりとは教えてくれないけれど、おれは知ってる。 

おばあちゃんは、病気なんだ。

 

だからさ、 かわいい女の子の赤ちゃんが生まれてきたら、

すっごく喜んで、元気になると思うんだ・・・。

 

ママはおれの手をとって、自分のおなかに当てさせる。

きっと、パパにいつも そうしているんだろう。

 

おなかは まだ全然膨らんでないけれど、少しだけ固くて、いつもとは違う気がした。

そうやって 小さな命を守って、おなかの中で育てていくんだ。 きっと。

 

「ママ・・ 」

目を上げて 何か言おうとすると、ママのもう片方の手のひらが、おれの頭をなでてくれた。

 

そっと、 とても 優しく。