087.『雲上飛行』

早朝トレーニングを済ませたベジータが朝食をとっていると、ブルマがやってきた。

「おはよ、 ベジータ・・・。」

今朝は、顔色が良いようだ。

 

「いいお天気ね。 ねぇ、今日、一緒に出かけない?

 このところ家にばかりいたから、気晴らししたいわ。」

皿の上の果物をつまみながら、ブルマは続ける。

「ずいぶん休んじゃったから、明日から仕事のほうも少し忙しくなると思うし・・・。」

畳みかけられ、ベジータは仕方なく答えた。

「2時間だけだぞ。 昼には帰るからな。」

 

普段ならば、即座にはねつけるところだが

数日前までつわりで臥せっていたブルマは、何もしてやれない自分にこう言っていた。

 

『少しの間のことなのよ。 だけど、トランクスの時より、ちょっと長いみたい・・・。』

 

彼女が最初に身ごもっていた頃は、

そばにいてやることなど、考えもしなかったのだ。

 

西の都のショッピングモール。

たまに街に連れ出されると、彼はいつも同じことを言ってしまう。

「店ごと買い占めちまったらどうだ。」

 

「あれこれ迷うのが楽しいんじゃない。

 わぁ・・・こんなのあるんだ。 カワイイ。

 トランクスの時は、こういうの売ってなかったのよ。」

目につくのは、ベビー服ばかりのようだ。

「まだ、男か女かわからないんだろう。」

「どっちにも似合うものも、たくさんあるのよ。」

 

その時、聞き覚えのある声で呼びかけられた。

「ブルマさん。 あれ、ベジータさんも。珍しいですね。」

赤ん坊を抱いている悟飯と、その妻のビーデルだった。

 

「わぁー、 パンちゃん、大きくなったわねぇ。 この子が生まれたら、お友達になってね。」

まだ目立たない腹部をさすりながらブルマが笑顔で赤ん坊に話しかけて、

母親同士の会話が弾む。

 

仏頂面のベジータに、気を使った悟飯が話しかける。

「今日は、うちの両親も来てるんですよ。

 買い物に飽きちゃって、ひとあし先に食事に行っちゃいましたけど。

 そういえばクリリンさんたちとも、さっきすれ違って・・・  」

 

ベジータは、談笑していた妻の腕を引いて外に出た。

 

「もういいだろう。 帰るぞ。」

「わたしと一緒にいるところを、みんなに見られるのがイヤなんでしょ。

 ほんと、あんたって、いつまで経っても・・・ 」

 

不満を漏らしながらも カプセルから車を出そうとするブルマ。

あっという間に彼女の体を抱えて、ベジータは空に向かって飛び上がった。

 

「・・・体に悪いか。」

十分な高度になってしまってから気付いた彼に、

「大丈夫・・・ と思うけど、紫外線が・・・。」

答えながらブルマは、自分の顔に手をかざして日差しを避ける。

 

「ビーデルちゃん、かわいいお母さんだったわね。

 わたし、これからもっとお手入れしなきゃ。

 おばあちゃんに間違えられちゃうかも・・。」

 

フン、 と鼻で笑う夫に少しふくれながら

ブルマは、目の前に広がる青い空を見渡す。

「わたし、昔、孫くんの筋斗雲に乗れなかったのよ。 欲張りだからですって・・・。」

「そうだろうな。」

珍しく、間髪を入れずにベジータが相槌を打った。

 

「あ。」

「どうした。」

「今、動いたみたい・・・赤ちゃん。 初めてよ。」

 

ベジータは何も言わなかったが、表情がゆるんでいる。

さっきの笑みとはずいぶん違う。

自分を抱く手に力が籠ったのを感じて、ブルマは思う。

 

おなかの中のこの子もきっと、空を飛ぶようになるわね。

わたしは雲にも乗れないけれど、

こんなふうに抱えてもらって時々飛べれば十分だわ。

 

大好きな人、  大切な夫に。