272.『理解不能』

ブラ誕生時における、トランクスとベジータの奔走記です。

晩年にも通じている内容です。]

『聞いてちょうだい、トランクス。 あんた ついに、お兄ちゃんになるのよ!』

今から二カ月程前。 

はずんだ声で おれに そう告げたママは、青い瞳を より一層輝かせ、本当に幸せそうだった。

 

けど、それからが大変だった。

重い つわりに苦しめられて 起きることもできなくなり、会社も休まざるをえなくなった。

ようやく落ち着いて出社してみれば、休んでいた分の仕事に追いまくられ、ついに倒れてしまった。

連絡をもらって すぐに、病院に駆け付けた。

けれど病室の、ドアを開くことはできなかった。

なぜなら 白い扉の向こうから、ママの泣いている声が聞こえてきたから。

 

二か月前、赤ちゃんができたとわかった時から、ママは何度も こう言っていた。

『ほんとに よかった…。 だって悔しいけど わたしには、もう最後のチャンスだったから。』

… 病室には入らず、おれは勢いよく きびすを返した。

 

病院の玄関を出て すぐに、地面を蹴って空に浮かんだ。 

人の目なんか気にしない。今は ただ、一刻も早く家に戻りたかった。

ドラゴンレーダーを、取ってくるためだ。

そう、おれは、神龍に頼むつもりでいる。 

ママが無事、元気な赤ちゃんを産めるように。 

だって ママのおなかにいる赤ちゃんは おれにとっても、たった一人のきょうだいなんだもの。

 

「あった!」  

引き出しの中を引っかきまわして ようやく、ドラゴンレーダーを見つけ出した。

それと同時に、背後に、よく知っている強い気を感じた。

「パパ!」 

「…。」

「どこにいたんだよ。 でも いいや、一緒に来てよ。 今から おれ、ドラゴンボールを探しに行くんだ。」

「何のためにだ。」

ある意味、予想通りとも言える答え。だけど… 

「ママが、無事に赤ちゃんを産めるようにだよ。 ママのこと、心配じゃないの!?」

「心配など いらん。 腹の子は仮にも、戦闘民族サイヤ人の血を引く者だ。」

「… でも、産むのはママだよ。 

ママは普通の女の人だし、それにもう、あんまり若くないんだ。」

 

窓を開ける。 強い風が、吹きこんでくる。 

ドラゴンレーダーと、ボールを収納するためのカプセルをしっかりと握りしめて、

おれは空に浮かび上がった。

パパを見降ろし、訴えかける。 

「おれ一人で行くよ。 そのかわり、ママの所に行ってあげて。 お願いだよ。」

パパからの返事を待つことなく、おれは、レーダーの指し示す方角へと飛んだ。

 

 

最初の三つは、簡単に手にすることが出来た。

四つめも、見つけること自体は すぐ出来た。 

断崖に作られた巨大な鳥の巣の、卵の中に混じっていた。

「ずいぶん でっかい巣だなー。 鷹か鷲かな…? !!」

おれの予想は、どちらもはずれだった。 

鳥は鳥でも なんと、鳥型の恐竜だったのだ。

 

親鳥、いや親恐竜が、卵を盗られると思っているのだろう、

ひどく殺気立った様子で こちらに向かってくる。

「違うんだよ、わかってくれよ!卵を狙ってるわけじゃないんだ! …わあっ!」

あちゃー、まいったな。 

先に見つけた三つを仕舞ってあったカプセルを、谷底に落としてしまった。

すぐに拾いに行きたいのに、ギャア ギャアと、けたたましく雄叫びを上げる恐竜たちとの攻防は続く。

すると また、 「バカが! 何をしてやがる!」

よく知った声が聞こえてきた。

パパだ。 来てくれたんだ。 

でも、「黙って見てないで、助けてよ!」 

必死に訴えたっていうのに、パパは あくまでも冷たい。 

「知らん! そんな奴らに手こずらされるようで どうする!」

「だってさ、下手に手を出して殺しちゃったら、ひな鳥が かわいそうじゃないか…。」

 

おれの言うことを、聞いてくれたのかはわからない。

だけどパパは 巣の中のドラゴンボールを掴んで、ものすごい速さで飛び去った。 

フンとか チッとか言いながら。

それを見て、攻撃的だった方… オスかな。 

そいつが パパを追って行ってしまい、そのおかげで、おれは どうにか逃れることが出来た。

 

「大丈夫かなあ、パパ。」  

けど まずは、落としちゃったカプセルを見つけなきゃ。

谷底に降りて、あちこち覗きこんでみてるけど… 

「おかしいなー、どこにいっちゃったんだろ。」

ああ やっぱり、悟天や悟飯さんに応援を頼むべきだった。

パパとのやりとりでカッカしてたから、ぜーんぶ一人でやってやる!って気になってたんだ…。

 

と、その時。 また強い気が、近づいてきた。 

「パパ! 平気だったんだね!」

「まったく、何をしてやがる…。 レーダーを、こっちによこせ。」

「うん。 でもさ、おれ、最初に集めた やつが入ったカプセルを失くしちゃって… あっ!」

なんと パパの手に、例のカプセルがあった。 

ドラゴンレーダーと、交換をする形になる。

「さっきのやつも入れておいた。 あと三つだな。 

おまえはそれを持って、先に家に戻っていろ。」

「そんな! どうしてさ、おれも一緒に行くよ!」  

ごねる おれに、パパはぴしゃりと言い放った。

「つべこべ言うな。 俺一人の方が効率がいい。 俺も、二時間ほどで戻る。」

 

そうして また、あっという間に飛び去ってしまう。

おれは言い返すことができず、言うことを聞くしかなかった。

その後 パパは本当に、二時間ちょっとで戻って来た。

 

庭の芝生に七個を並べ、神龍を呼び出す。

空が一気に闇となる… はずだけど、もう夜だから、それは目立たない。

けれども空に、巨大な龍が浮かび上がるさまは圧巻で、まるで 映画のクライマックスシーンみたいだ。

 

おっと、感心してる場合じゃなかった。

[ 願いを言え。 ]  

お決まりの一言に従って、おれは一気に訴える。 

「ママが無事に、元気な赤ちゃんを産めるように。頼むよ!」

しばしののち、神龍は答えた。 

[ 願いは叶えた。 他の願いを言え。 ]

「えっ?」 

あれっ? そうか、今って三つまでOKなんだっけ? 

どうしよう。 パパの顔を見てみるけど、案の定 何も言ってくれない。

 

「じゃあね、うーん… 」 

もう 今は、これしか思いつかないや。

「生まれてきた赤ちゃんが元気に大きくなるように。 よろしく頼むよ。」

神龍は承諾したけど、パパは何やら、ブツブツ文句を言っている。 

「フン。サイヤ人の血を引くガキが頑健なのは当たり前だ。 それを わざわざ御大層な…。」

「だって、産むのはママだよ。 えっと、あと一つはどうしようか。」 

特に無いなら保留にして、早く復活できるようにしておこうか。

そう言葉にしかけた、その時。 

おもむろにパパが、口を開いた。 

「こいつ、トランクスに、今日 あった出来事を忘れさせろ。」

「えっ? 何言ってんの、パパ。」  

[ 三つめの願いだな。 たやすいことだ。 ] …

「ちょっと! なんで勝手に、そんなことするんだよ!!」

 

叫びは届かず、おれは、ドラゴンボール集めに奔走した事実を忘れた。

まったく、理解できないよ。 なんだって そこまで するかな。

そうまでしてパパは、ママや赤ちゃんのために頑張ったこと、

失敗だらけのおれを庇ったことを隠したいんだろうか。

だけど あの時、パパは頼み方を、ちょっと間違えた。

忘れることと、記憶を消してしまうことは全然違う。 

だから おれは、わりと すぐに思いだすことになった。

思いだす きっかけとなったのはママの、

『大丈夫、元気に生まれてくるに決まってるわ。 だってこの子はサイヤ人の… 

ベジータの子なんだもの!』

その一言だった。

 

 

あれから、10年余りが過ぎた。

平和な日常を打ち破るように、また、大きな戦いが起こった。 

その戦いの中で、おれは ふと思った。

母さんが あれほど、二人目の子供を欲しがった理由、

もしかすると それは、形見が欲しかったためではないだろうか。

たとえば セルという敵との戦いの後の、チチさんにとっての悟天のような…。

 

けれど、そうは ならなかった。

戦いは、終息した。 

悟空さんは また姿を消してしまったけど… 

いつか きっと、戻ってくる。

いつなのか、いつまで いてくれるかは、わからないけど。

そして、今度 敵が現れた時は必ず、残った皆の力で勝利し、戦いを終わらせて見せる。

 

ところで、年だけは大人になった おれは、あの頃の父さんの気持ちも、

少しは理解できるようになったよ。

恩着せがましいのは かっこ悪い、要するに美学ってやつだな。

だってさ、10代になったブラときたら もう、恐ろしく生意気で、思わず言ってやりたくなるんだ。

『そんなこと言っていいのか。 

おれと父さんの頑張りが無かったら、おまえは生まれてこれなかったかもしれないんだぞ!』

なーんてね。 

でも 言わないよ。 絶対に、言わない。

 

けど そういうこと以外にも、何年経っても、伝えるべき言葉を 口にしない父さん。

そのことは、改めた方がいい。 

愛してるって、ちゃんと言った方がいい。

母さんは おしゃれで、美容にもうんと気を遣ってて、年よりもずっと若く見える。

だけど…。

もしかしたらブラは、

母さんが おれと父さんに、遺してくれる形見のつもりなんじゃないだろうか。

 

いや、まあ それは、いくら何でも考えすぎだよな。

でも、強い敵が現れなくても、戦いの無い、平和な日々の中でだって別れはある。

父さんは それを、理解しているんだろうか。