213.『記念日』

ブラ誕生にまつわる話もいろいろ書いたのですが、当日の現場に関しては

あまり書けなかったので挑戦してみました。他の話とあまり繋がっていません。]

トランクスが中学生になる年に ようやく、待ち望んでいた二人目の子供を授かった。

けど、それからが大変だった。

重いつわりに苦しめられ、ようやく落ち着いたと思えば、休んでいた分の仕事に追いまくられた。

そして…  母さんとの、別れがあった。 

わたしは、親を見送るという経験をしたのだ。

家族とともに それらを乗り越え、いよいよ出産の日を迎えようとしている。

 

でも、一つだけ 決めかねていることが あった。 

何かというと…

少し前に、チチさんと、パンちゃんを連れたビーデルちゃんがC.C.に遊びに来てくれた。 

その時に わたしは初めて、この悩みを人に打ち明けた。

『ベジータにね、お産の時 立ち会ってもらうべきか迷ってるのよ。』

 

ビーデルちゃんも、それに その場にはいなかったけれど 18号も、

いわゆる立ち会い出産だったという。

そしてチチさんも、悟飯くんの時は産婆さんを自宅に呼んだため、ほぼ そうだったとのことだ。

チチさんは言う。 

『今のベジータなら、ちゃんと頼めば 聞いてくれるんでねえか?』

『うん…。 かもしれないんだけどね、』  そこで一旦、言葉を切る。 

迷ったけれど、言ってしまうことにした。 一応は、言葉を選びながら。

『その… 男の人によってはね、妻の そういう姿を見ちゃうと、引くっていうか萎えるっていうか、

その後の夫婦生活に支障が出る場合があるっていうのよ。 どう思う?』

 

それに対し、間髪を入れずにチチさんが答えた、 いや、尋ねてきた。 

『そんなにデリケートだか? あのベジータが。』

『失礼ね!』 

頬を膨らませた わたしに、ビーデルちゃんがフォローしてくれる。 

『大丈夫だと思います。』

いつもよりも 少し小声で、お化粧をしていない頬を、ほんのりと染めて。 

『きっと、今以上にお互いを思いやれると思います。』

 

『まあ、悟飯は おらが悟天を産んだ時も ついててくれたからな…。 

けど ブルマさ、念願の二人目ができたんだから、』

女として見てもらえなくなったとしても、もう構わないではないか。 そう言いたいのだろう。

『イヤよ!』 きっぱりと否定する。

『絶対に イヤ。』

チチさんは苦笑し、長男のお嫁さんであるビーデルちゃんと 顔を見合せながら言った。

『こりゃあ もしかしたら、三人目も あるかもしれねえな。』

 

 

ともあれ、結論の出ないままに日々は過ぎ、ついに予定日となった。

朝、目覚めた時から 少し違和感があった。 

朝食の席では もう、はっきりと痛みを感じている。

それに気付いたトランクスは、学校を休むと言い出した。

小学生の頃なら そうしてもらったけど…。 

「ダメよ、今日はテストじゃないの。」

「でも、」 

「もし今日だとしても、そんな すぐには生まれないわよ。 

テストなら帰りも早いし、ちょうどいいでしょ。」

そう言って、何とか送り出した。

 

片付けや掃除を、家事ロボットに指示する。 

そうしているうちに、痛みの間隔は ますます狭まってきた。

「これは ほんとに、いよいよかも。」  

電話をし、早めに病院に入ることにする。

「ベジータ…。」 

小さく口に出し、ため息をつく。 

こんな時でも 普段通りに、重力室でトレーニングをしている彼。

通信モニターで呼びだそうとして、ふと 手が止まった。 

「ずいぶん久しぶりよね、これを使うの。」

本当に、何年ぶりなのか 思いだせないくらいだ。 

しょっちゅう使っていたのは、トランクスを授かる前、まだ そういう関係になる前だ。

無茶ばかりする あいつが心配だった。 

ううん、それもあったけど 結局、ベジータと話したかった。

思い切り不機嫌でも、苛立ちをぶつけられたとしても、彼の顔が見たかったのだ。

 

「ねえ、ベジータ!」  マイクから、声をかける。

[ なんだ。 トレーニング中だぞ。] 

「今から病院に行くわ。 多分 そのまま産んで、入院することになるから よろしく。」

… まあ、来る気があれば来るだろう。 

というか、お産には間に合わないとしても 夜には来る。  きっと。

だったら もう、いいのではないか。 昔の、いろいろなことを思えば、もう。

そんなことを考えながらカプセルを投げ、小型車を出した その時。  

「おい!」

「ベジータ。」 来てくれたの…。 

「え? ちょっと、 きゃあああーーー!!!」  

 

うれしさと安堵も ほんの束の間、 トレーニングウェア姿の彼に抱えられ、青空に浮かびあがる。

「ちょっとー、一度 降りてよ! 車、出しっぱなし! 

それに あんた、どこから出てきたのよ。 窓は閉めたの?」

「うるさい。 車でも何でも、欲しい奴にはくれてやれ。 どうせ、売るほどあるだろうが。」

「もうっ、ほんとに勝手なんだから…。」  

口にした言葉とは裏腹に、わたしは しっかりと 彼にしがみついていた。

 

ベジータのおかげで、ものすごく早く着いてしまった。 

病院の方はまだ開いていないため、通用口から あらかじめ予約してあった病室に通される。

ベッドに横たわった状態で、助産師さんに診察をしてもらう。 

「これは もう、お昼過ぎには生まれそうですね。 でも まだ いきまないで。 

もう少し、我慢してくださいね。」

「はい、でも… くうっ…。」 

その、もう少しが つらい。

「あ、ご主人。」 

ベテラン風の助産師さんは こともなげに、複雑な表情のベジータに向かって指図をする。

「ご主人は奥様の腰の、この辺りを指で 押してあげてください。」 

「な、何だと??」

「ここの、この辺りです。 痛みが散って、楽になりますのでね。ご夫婦で一緒に、頑張ってくださいね。」

「…。」  

 

たたみかけられ、黙って従っている彼。 

おかしくって仕方がないけど、今は とても、笑うことなんてできない。

ああ、だけど、ベジータの指は やっぱり心地良い。

「あっ、 んっ、 気持ちいいわあ …。」  

「こんな時に、おかしな声を出すな!!」

「だってえ、 あっ、 あっ、」 

「そんな声を出しているうちは生まれないと、自分が言っていたんだろうが!」

「え…?」  

遠い記憶が、よみがえってくる。

 

あれは まだ、トランクスが小さかった頃、幼稚園に入りたてくらいの頃だと思う。

チチさんと悟天くん、それに18号がC.C.に遊びに来た。

子供たちを庭に放し、わたしたちはお茶を飲みつつTVを観ながら おしゃべりをしていた。

時刻は お昼過ぎ。 再放送のドラマが始まり、ヒロインが子供を産むシーンが流れ始めた。

 

『… なんだか …。』  

皆で顔を見合わせる。 どうも、同じことを考えたようだ。

チチさんが、最初に口を開いた。 

『あんな あやしい声を出してちゃ、いつまでたっても生まれないだなあ。』

その言い方が おかしくて、わたしはゲラゲラ笑ってしまった。 

『ほんとよね。 お産っていうのはさ、こうやって… 』

ソファの背に もたれかかり、両脚を開く。 

『自分のおへその辺りを見据えて、息を詰めるようにして いきむのよね。』

チチさんも便乗する。 『んだ、んだ。 こうやって、』 

うーーーーーっ。

二人して、獣みたいに低いうなり声をあげた。

 

それを見ていた18号が、イヤな顔をして怒鳴った。

『ちょっと…! 脅かすんじゃないよ!』 

そう、 あの時は彼女が、お産を控えていたのだ。

ちっとも気付かなかったけど、ベジータは あの場にいて、しっかりと話を聞いていたらしい。

 

あれからも、いろいろなことが起こった。

怒って泣いて、そして笑って、仲直りをして…。 

そんなことを思っていたら、声をかけられた。 「おはようございます!」

「あら、先生。 おはようございます。 今日はよろしく…。」 

「いよいよですね! 今日はご主人もご一緒ですか。」

ベジータは、当然のごとく返事をしない。

「僕は診察の方に行っていますが、スタッフは近くにいますから、いつでも呼んでくださいね。」

 

それじゃ、とドアが閉まるよりも早く ベジータが口を開いた。 

「誰だ、あの にやけた野郎は。」

にやけた って… まだ若くてハンサムで、大人気の先生なんだけど。

「産科の先生、お医者さまよ。 この子を、取り上げてくれるの。」 

「!? さっきの、生意気な女が医者じゃないのか。」

生意気 って… 「あの女の人は助産師さん。 つまり、お医者様の助手ね。 んっく、ああ、また… 」

怒涛のように押し寄せてくる痛みに、必死に耐えている わたし。

そのわたしを、ベジータは 何を思ったか、再び抱え上げた。

「えっ、 ちょっと、なに!?」 

「ここは気に入らん。 今から別の病院に移れ。」

「何言ってんのよ、今さら!」 

「あの医者はダメだ! どうしても ここで産むなら、腹を切って出せ!!」

「無茶言わないでよ、 キャーーーッ! 誰かーーーーー!!!」

… 

 

ベジータの心配?は杞憂に終わった。

なぜならば、その後まもなく分娩台に上がった わたしは、

ものの5分も経たないうちに 女の赤ちゃんを産み落とした。

看護士さんに呼ばれて、先生がやってくる前にだ。

元気な産声を聞きながら ぼやく。 

「やれやれ…。」

 

傍らにはベジータがいる。 

結果的には立ち会い出産になったわけだけど、本当に あっという間だった。 

はたして、ちゃんと見ていたのかしら。

我が子が誕生する瞬間も もちろんだけど、

どっちかっていうと 産みの苦しみを知ってほしかったのよね。

でも、いい。 何はともあれ ベジータと わたしは 無事に、二人の子供の親となれたのだから。

 

けど、この話には とんだオチがつく。

遅れて現れた先生が 産後の手当てをすべく、

膝まづいて わたしの脚の間を覗きこんだ、次の瞬間。

「野郎、何しやがる!!」  

… 鈍い音とともに、先生は 分娩室の壁に めりこんでしまった。

幸いにも、奇跡的に ケガはなかった。

 

そんなことがあったけれども、とにかく病室に戻り、落ち着くことができた。 

家族水入らず。 トランクスも もうじき来るだろう。

小さな口で おっぱいをたっぷりと飲んだ娘は、腕の中ですやすやと眠っている。

「ベジータ。」 

「なんだ。」 

「この子をね、そっちに寝かせてやってほしいの。」

キャスター付きの、小さなベッドに視線を向ける。 

そっちの方が、お祝いに来てくれた人にも よく見てもらえるでしょ。」

「…。」 

ベジータが、両手でを受け取ろうとする。 

その腕で、我が子を抱き上げようとしている…。

 

と、その時。 「こんにちはー!」 

「おいっ、 でっかい声出すなよ! 看護士さんにも注意されたろ!」

「トランクス。 悟天くんも一緒だったの…。」 

あーあ、ベジータが手を引っ込めてしまった。

 

「わあー、かわいいな。 うちのパンより、ちょっと ちっちゃいかも。 トランクスくん、抱っこしてみたら。」

「今度でいいよ、おれ。 小さすぎて、何だか怖いや。」

「えー、平気だよ、ほら。」

あまりにも あっさりと、わたしの手から娘を受け取る 悟天君。

いつも パンちゃんの おもりをしているせいだろうか? とにかく自然だった。 

…けど。

「よこせ!」 

あっという間に、引っ手繰られてしまった。 トランクスではなく、ベジータに。

 

けれど すぐ、例のキャスター付きのベッドに寝かせて、窓から飛び去って行ってしまった。

でも どうせ、また来てくれる。 

夜、他に誰も来ない時間に。

「窓、ロックしないでおいてね。」 

トランクスに頼むと、13歳の彼は こう つぶやいた。 

父親が飛んで行ってしまった、空を見上げながら。

「抱っこしてあげてたね…。」

「あんたが いてくれたからよ。 あんたが、生まれてきてくれたから。」

「そうかな。」 

さらに小さく つぶやいた後、明るい声で言い直す。

「そうだなあ、おれが3割、ママが5割ってとこじゃない?」

「え? ああ、」 

ベジータの、心を開かせたのはってこと?

「じゃあ、あとの2割は?」 

「そりゃあ、みんなだよ。 悟空さんをはじめとする みんな。」

 

廊下から、大きな足音や話し声が聞こえてきた。

お静かに、と 看護士さんから 注意されている。

ドアが開くよりも前に、悟天くんが声を上げる。 

「お母さんたちだ。 お父さんに、兄ちゃん、義姉ちゃん、パンも一緒だよ。」

その声で、寝かされていた娘が、目を覚まして泣きだした。

「ふぎゃーーー。」

「あら あら…。」 

「わっ、ごめんなさい。」 

「おまえ、声がでかいんだよ。」 

「ふぎゃーーー。」

バタン! 「おめでとう!」  

さあ、もっと にぎやかな時間の始まりだ。

 

皆が帰った後で、わたしは考えている。

小さな娘を腕に抱き、窓越しに、暮れた空を見上げながら。

これからも たくさんの、大変なことが待っているだろう。 

それでも。

娘の誕生日である今日は、大切な記念日。 

わたしと、家族みんなにとっての。