189.『猫科』

大抵の場合 ストーリーをある程度考えた後に、タイトルをお題からつけるのですが

こちらは、このタイトルだったら どういうお話になるかなーと思いながら考えました。]

ベジータの部屋。  ここは実に殺風景だ。

せっかく用意したっていうのに、この部屋で彼が くつろぐことなど、無いに等しい。

だから、 わたしが来てあげてるの。

だって、勿体ないでしょ?

・・・ まあ、 それは 言い訳だけど。

 

夜。 

ベッドで休みながら、わたしは彼を待っている。

窓が開く音がする。 

「ベジータ。」

その後は、彼は あまり音をたてずに、わたしの上にのしかかる。

 

ずっと外にいたためだろう。

頬がひんやりと冷たい。  唇 そして、首筋も。

瞼を閉じて、息を吸い込む。

男の・・  雄の体臭とともに、土や外気の匂いが鼻孔に流れ込んでくる。

なのに、いつも思うんだけど、顔は全然汚れていない。

いったい どこで洗っているのかしら。

「ねえ、待って。 お風呂に入りなさいよ。 洗ってあげるから。」

 

そう言って体を起こし、身に着けていたものを外していく。

もちろん わたしも、全て脱いでしまう。

不服そうな顔。

わたしの言うことなど聞かずに、有無を言わさず覆いかぶさることだって できるのだ。

だけど、彼は そうしない。

 

たっぷりの泡で、髪を、体を洗ってあげる。

そうしながら わたしは、子供の頃のことを思い出していた。

 

この家が、今のような仕様になる前。

夜 寝ていたら、どこからともなく小さな黒猫がやって来て、ベッドの上に飛び乗った。

『あんた どこの子? 父さんが新しく拾ってきた子かしら。』

 

返事など、もちろんない。

手を触れると、するどい目付きで こちらを睨んだ。

固い毛は、ずいぶん汚れているようだ。

『ねえ、お風呂に入りなさいよ。 洗ってあげるわ。』

 

逃げ出すかと思った。

小さな牙や尖った爪を振りまわし、暴れだすかと思った。

けれど 時折、低いうなり声をあげる以外は じっと おとなしくしている。

特に 弱っているわけでも なさそうなのに。

わたしは何度も問いかけた。

『気持ちいいの?』

・・・

 

バスルームで、 その後のベッドの上で、

ベジータの耳元にささやくのと同じように。

 

 

そろそろ休もうと、寝室のドアを開けた。

「!?」

 

小さな生き物が、素早く入り込んだのが見えた。

あまり見慣れない、白い猫だった。

珍しいことだ。

物好きなブルマの父親がさまざまな動物を家に入れているのは知っているが、

この階には まず やって来ない。

 

猫は軽々と鏡台に飛び乗り、鏡にうつった自分を見ている。

まるで 点検でもしているかのように。

それはいい。  問題は、その後だ。

「なんて格好だ・・。」

 

後ろ脚を大きく開き、片方を高々と上げた形で毛づくろいを始めたのだ。

赤い舌が体中を這いまわっており、その音が ここまで聞こえてくる。

 

念入りに毛並みを整え終えると そいつは、当然のようにベッドに上がり、体を丸めた。

しかも 隅ではなく、ど真ん中に陣取った。

「おい。」

声をかけてみると、チラリとこっちを見ただけで 我関せずだ。

呆れたことに、あくびまでしてやがる。

 

首根っこを掴んで 外に放り投げることも、

細すぎる首を捻った後で、跡形も無く消し去ってやることも、

俺には造作もないことだというのに。

 

翌日、 出張とやらから ブルマが帰って来た。

今日は あの猫は やって来ない。

だが 鏡の前で、何やら手入れをしている姿。

怖いもの知らずで、図々しく下品な振る舞い。

そして、 声 ・・・

言うまでもなく昨日の猫は、この女に そっくりだ。

 

 

二人の息子であるトランクス。

親友兼弟分の悟天と、修行と称して野山を駆け回る姿は子犬そのものだった。

 

頭を撫でて、誉めてやった時の瞳の輝き。

お皿を前に、食事やおやつを催促する時の表情。

それは、中学生になった今でも変わらない。

 

けれど おそらく、もうしばらく時が経てば。

夜の闇にまぎれて、窓から あるいは裏口から、家を抜け出そうとするだろう。

まるで、若い雄猫のように。

そして朝には あくびをしたり、眠たい目をこすりながらも、素知らぬ顔でいるのだろう・・・。

 

「夜遊びだったら叱ってやるけど、

好きな女の子に会いに行くのなら、黙っててあげようと思うのよ。」

 

返事をしない夫の頬に、ブルマは唇を押し当てる。

そして それは いつものように、僅かに移動して、重なり合う。

やわらかな唇の内側には、濡れた赤い舌が隠れている。

けれども 今は、絡み合うことはない。

 

彼女の胎内に宿り、生まれ出る日を待ちわびている赤ん坊。

トランクスの妹である その子が、

さっきから腹を蹴って暴れているためだ。

「きゃあ、すごいわ、 元気・・。」

 

今の大きさは多分、 子猫と同じくらいだろう。