303.『しっぽ』
[ 舞台はセル戦後です。
‘10 夏発行の次世代混血カップルアンソロに管理人が出品しました
天ブラ同い年 IFストーリーの、ベジブルを主人公にしたお話です。]
何も する気が起きなかった。
「トレーニングしないの? 重力室は いつでも使えるのよ。」
返事を する気にすら なれない。
誇り高きサイヤ人の王子として生を受けながら、幼い頃から フリーザの下で働かされた。
フリーザを倒し 自由を勝ち取るのは、自分の手によってでなくてはならなかった。
それなのに・・・。
下級戦士の分際で 自分を出し抜いてくれた、新たな宿敵。
またしても 手の届かぬ場所へ消えてしまった 奴との勝負は、
永遠におあずけになってしまったのだろうか。
「・・地球に、いない方が いいのかもしれないわね。」
ブルマが発した 意外な言葉に、彼は ようやく反応する。
「なに?」
「宇宙船を造るわ。 父さんにも協力してもらって、最高の物を造ってあげる。」
決意が込められた一言。 彼女の青い瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。
不機嫌な顔、泣きだしそうな顔は、これまで 何度も目にしていた。
しかし、実際に泣いているところを見たのは、初めてかもしれなかった。
腹部に両手を当て、ブルマは さらに話を続ける。
「その代わりね、この子が生まれるまでは、ここに いてほしいの。」
なんだと? 聞き返すよりも先に、彼女は訴える。
「顔だけでも、見てやってほしいのよ。
大きくなったらね、その時のあんたが どんな様子だったかを、話して聞かせてやりたいの。」
・・また、 孕んだというのか。 だが、俺の子だという証拠が、どこにある?
頭に浮かんだ その言葉を、彼は口にできなかった。
昨年生まれた息子に、彼は何もしてやっていない。 ブルマが嘘をつくメリットなど、ありはしないのだ。
「トランクスにも もちろん、そうしてやるつもりよ。」
話し終えた、その時。 いきおいよく扉が開いた。
「ママー。」
トランクスだった。
自動ドアは危ないからと、あらかじめ手動に切り替えてあった。
なのに、小さな両手は難なく それを開いてしまった。
その力とは裏腹に、よちよちと おぼつかない足取りで こちらに近づいてくる。
母親であるブルマの足元で、だっこをせがむように両腕を広げる。
けれど、彼女は抱き上げてやることをせず 手をつないだ。
そして部屋を出て行く時。
トランクスは後ろを振り返り、父親に向かって手を振った。
「ばいばい。」 ・・・
ベジータは、カッとなった。
どうしてなのか わからない。
苛立ちのあまり いてもたってもいられなくなり、外に、文字通り 飛び出した。
壁を破ってしまうことをせず、ちゃんと 窓を開けてしまったことにも 腹が立つ。
気がつけば眼下には、トレーニングのために 以前よく 訪れていた荒野が広がっていた。
「くそっ・・。」
こんな星。 いっそ、根こそぎ破壊してしまうか。
それとも 都会の、目立つ建物を占拠し、要人でも人質にとって・・・
だが すぐに思いなおす。 こんな星を支配して、何になるというのだ。
すぐに退屈して、宇宙に出ることになるだろう。
この遅れた星で、どうにか及第点を与えてやれる宇宙船を造ることのできる、実力を持った科学者。
それは、結局・・・。
先刻、 宇宙船を造ると、ブルマは明言していた。
だったら、条件を呑んでやってもいいのではないか。
自分の高貴な血を、半分だけ受け継いだ 二人目の子供。
顔を拝んでやるくらいなら、構わないだろう。
・・・自分は やはり、この生ぬるい星に毒されているらしい。
空の上。 強い風にあおられながら、自嘲気味に 彼は笑った。
数カ月後。 ブルマは無事に、女の子を産んだ。
退院し C.C.に戻った彼女は、ブラと名付けた赤ん坊をベジータに会わせた。
「わたしにそっくりで、かわいいでしょ?」
「・・・。」
確かに。 一見、父親である彼に 似たところは無いように見えた。
だが ベビー服に開けた穴からは、長く茶色い尻尾が揺れている。
「入院してる間に 切ってもらうつもりだったんだけどね、
専門のお医者様に頼んだ方がいいかなって。」
なんたって、女の子だものね。 そう付け加えると、ベジータは やっと口を開いた。
「フン、ご大層なことだ。」
「それだけじゃないわよ。
尻尾が無かったら、あんたは自分の子だって認めてくれないんじゃないかと思ったの。」
トランクスの顔立ちは、言い逃れできないくらい あんたそっくりだけどね。
軽口のような言葉の途中で、彼は口を挟んだ。
「・・気で わかる。」
「そうなの・・。」 ブルマは小さく ほほ笑んだ。
「病室に来てくれれば よかったのに。」
入院中 ベジータが、何度か近くまで来てくれていたことをブルマは知っていた。
祝いに来てくれた仲間が、彼の気を感じ取ったためだ。 けれど それは言わなかった。
「この子、わたしに似てるでしょ?
でもね、生まれてすぐの頃は、面白いくらいに次々 顔が変わったのよ。」
ベビーベッドに寝かされている娘に、視線を落とす。
「大げさなことを・・。」
「あら、ほんとよ。 父さんや母さんに似てるなって思った時もあったし、
あんた そっくりに見えた時もあったのよ。」
女の子なのに どうしようって、心配になっちゃったわ。
そんなことを付け加えて、おかしそうに笑いだす。
「あんたのお父さんやお母さんの顔に、似てた時もあったんじゃないかしら。」
ひとり言のような言葉に、ベジータは ぼそりと答えを返した。
「俺の父親の顔は、この俺と ほとんど同じだ。」
「えーっ、 そうだったの・・・。」
声をあげて、ブルマは笑った。 だが その後。
「孫くんの所と一緒ね。 悟天くんね、本当に孫くんにそっくりだったわ・・・。」
それは、ベジータが目にした、ブルマの二度目の涙だった。
目元をぬぐって、わざと明るく 彼女は言った。
「ねえ。 もし、もう一人できたとしたら・・・ 髪や瞳が黒で、あんたと瓜二つになるかもしれないわね。」
呆れた顔をしながら、 こんなふうに彼は答えた。
「それで また、産まれてくるまで待って、顔を見てやれと言うのか?」
「そうね。」 「・・・。」
二人の口元が 何かを言いたげに動いた、 その時。 ドアが開く音がした。
「ママー!」 トランクスだ。
力は ますます強くなり、確かな足取りで ずんずん こちらへ近づいてくる。
「だっこー。」 「あらあら、甘えん坊ね。」
飛びついてきたトランクスを、ブルマは両腕で よいしょ、と抱き上げてやる。
だが なんと、 それと同時に 眠っていたブラが目を覚ましてしまった。
「ふぎゃー、 ふぎゃー。」
顔を真っ赤にし、けたたましい声で 泣きわめく。
「すごい声・・。 抱っこしてあげなきゃ。 トランクス、ちょっと下りて。」
「やだー。」
「やだじゃないのっ。 ブラがかわいそうでしょ。 ・・あっ、 ベジータ!!」
薄情にも彼は、部屋から出て行こうとしている。
「ひどいわ! この状態を見捨てる気?」 「・・尻尾を掴んでやれば、おとなしくなる。」
「えっ? あ、 そうか・・・。」
言うとおりだった。 だが彼は、さっさと行ってしまった。
息子に向かって、ブルマが言い聞かせる。
「ブラはおなかがすいてるのよ。 トランクスもおやつにしましょう。 だから、下りてちょうだい。」
おやつ。 それを聞いたトランクスは、ようやく母の胸元から離れ、食堂を目指して走り出した。
「こらっ、 そんなに あわてないの・・。」
片手で尻尾を握ったまま ブラを抱き上げ、幼い息子を追いかける。
本当は、ベジータを追いかけたかった。 そして、背中に抱きつきたかった。
けれど 今、 ブルマは子供たちの母親なのだ。
息子におやつを用意した後、 娘に乳を含ませる。 そうしながら、ブルマはひとりごちている。
「尻尾って、あんなふうにも使えたのね。小さい時だけでも 切らないでいた方がいいかしら。
トランクスも、残しておけばよかったかしら。」
でも、 もし うっかり満月を見せちゃったら、とても手に負えないし・・・。
それに、パオズ山と違って、人目もあるしね。
だけど 孫くんも、 そして 話によれば悟飯くんも、切った後 また生えてきた。
「トランクスも そうなるのかしら? それに・・・ 」 ベジータは どうなのかしら。
もう生えてこないのかしら。 実は自分で切っていたりして。
ベジータ。 ほんとは そばにいてほしいの。 何処にも行かないでほしい。
普通の父親になって なんて言わない。
ただ、子供たちが大きくなっていくところを、一緒に見守ってやってほしいの・・・。
「ママ?」
気がつけば、トランクスが心配そうに こちらを見ている。
それに ブラまでもが、小さな口を おっぱいから離して、青い瞳で わたしの顔を見つめていた。
「大丈夫よ。 何でもないの。」
空いた手で 目元を押さえ、笑顔で答える。 かわいい かわいい子供たちに向かって。
尻尾が生えてくるまで、ここにいたら どう?
ベジータに、今度は そう言ってみようかな。 そんなことを考えながら。