341.『青』
[ Mickey様とのリレー小説『Be Loved』の、ひまママ目線によります続きです。
自サイト設定が多めですので、ご了承いただけるかたのみお願いいたします。]
深夜、ベジータは目を覚ました。
夫婦の寝室、 キングサイズのベッドの上には今、彼一人だ。
彼の妻であるブルマは病院にいる。
やっと産休がとれた その日の晩、体に異変が起こり、今夜は入院ということになってしまった。
寝付かれない彼は手近にあった服に着替え、窓を開いて 外へと飛び立った。
夜の都を見降ろしながら、少しの間 飛んでいると病院が見えてきた。
ブルマは最上階にある特別室にいる。
自分が来るということを想定し、窓はロックしていないだろう。
だが どうせ 明日・・ いや もう今日だ。
あと数時間もすれば、何事も無かったように 帰ってくるのだ。
そう思いなおしたベジータは、妻がいる病院に背を向けて、再び 夜の空を飛んだ。
朝。 キッチンには、昨晩 チチが作っておいてくれた料理が残っていた。
きっちり半分だけを食べて、トランクスは学校へ行ったようだ。
食事を終えたベジータは、いつもよりも長めにトレーニングを行った。
重力室を出て 時計に目をやると、もう昼だ。
ブルマの姿は まだないが、間もなく帰ってくるだろう。
ふと見ると電話の、留守録のランプが点滅している。
電話など滅多に出ることのない彼だったが、操作の仕方はわかっていた。
ボタンを押すと、スピーカーから妻の声が聞こえてきた。
「・・・。」
聞こえてくる内容は同じだ。 しかし、彼の指は何度も再生のボタンを押す。
その時。 着信を示す音が、けたたましく鳴り響いた。
いつもならば無視する。 だが、今日は例外だった。
受話器をとった途端、思わず口から出てしまう。 「ブルマか?」
「えっ・・? あの わたし、ビーデルです。」
落胆と羞恥で、ベジータはすぐさま電話を切りたくなった。
けれども電話の向こうで、ビーデルは続ける。
「ブルマさんのお加減はいかがですか? わたし、気になってしまって・・。」
「しばらく、入院することになるらしい。 」 「えっ・・ 」
しばしの間、言葉を失う。
臨月の近いブルマが体調を崩したのは、自分たちのせいではないかと気に病んでいるのだ。
「ゆうべ一晩 病院に泊まれば、帰っていいと言われていたんだが・・。」
全く、あてにならない医者だ。 ブルマは信頼しているようだが、病院を変えた方がいいのではないか。
ベジータが心の中でぼやいていると、ビーデルはきっぱりと告げた。
「とにかく わたし、今から おわびと お見舞いに行ってきます!」
「やあね、 何言ってんの。」
病院のベッドの上で、ブルマは笑いながら否定する。
「ビーデルちゃんたちのせいなんかじゃないのよ。
つわりで休んでた分の仕事が、ちょっと きつくてね。 だからだと思うわ。」
椅子にかけているビーデルの膝の上には、昨日と同じく パンが ちんまりと座っている。
「ねえねえ、それよりさ、」
愛くるしい、小さな顔を見つめながらブルマが身を乗り出してきた。
「体調を見て決めるんだけど、予定日より早く産むことになりそうなの。
それだとね、パンちゃんと うちの子、同級生になるのよ。」
大きなおなかを さすりながら続ける。
「トランクスと悟天くんは一歳違いだったけど、この子たちは同学年になるってことよね。
ねえ、同じ幼稚園に通わせない? もう、どこか考えてるの?」
「・・・。」
ビーデルは感心していた。 つくづく、ポジティブな女性だと思った。
この病室で迎える、二度目の夜。
寝付かれないわたしはベッドの上から、窓のある方向を見つめている。
来るか来ないかわからない男を待っていると、昔のことが思い出される。
もう15年ほども前、トランクスを授かる頃のことだ。
いつからか わたしは自分の部屋ではなく、ベジータのために用意した部屋のベッドで休みながら、
彼の訪れを待つようになっていた。
もどかしい思いで戦闘服を取り去って、まるで何かに憑かれたように 貪り合った夜。
好きだとも、愛してるとも口にしないことは悲しくなかった。
そばにいてと言えないことが つらかった。
けれども そんな日々も、わたしが身ごもったことで終わりを告げた。
重力室では狭すぎると、外で特訓することが多くなったということもある。
でも・・ ベジータは、おなかが目立ち始めた わたしに 一切触れようとはしなかった。
いたわってくれていたとも思えない。
セックスの相手としてのわたしは、もうお払い箱なのだろう。 そんなふうに思った。
だけど、いい。 これと言ったきっかけもなく、何もなかったことになるよりもいい。
彼の分身を、わたしは授かったのだ。
抱かれている時、 確かに心がつながったと思えた瞬間が 何度かあった。
そのことを この先もずっと、忘れずに済むのだから・・・。
窓が開く音が聞こえて、わたしは あわてて涙を拭った。
ここは特別室だから、ベッドも他の部屋の物より大きい。
毛布をめくり、ベジータは何も言わずに横になる。
大きなおなかが邪魔をするから、おおいかぶさるのは ちょっと無理だ。
そのかわり、勢いよく向きを変えて身を寄せる。
彼の着ている、シャツのボタンをはずしていく。
「・・なんだ。」 「ん? だって、しわになっちゃうでしょ。」
それから キスをする。
両手のひらで頬を挟んで、何度も何度も 触れては離れて、次第に深く・・・。
いけない、 いつもの癖がでちゃった。
「ダメダメ。 今はまずいの。 あ、妊婦だからっていうんじゃなくてね、今は特に、調子が良くないから。」
わたしの解説を いかにも興味無さそうに、それでも耳を傾けてくれるベジータ。
その後 間もなく、彼は寝息をたて始めた。 どちらも、昔は考えられなかったことだ。
そんなことを思いながら、わたしも眠りに落ちていった。
朝。 目を覚ますと ベジータは、既に身支度を終えていた。
おはようと言う代わりに、別の言葉をかけてみる。
「それね、パンちゃんの忘れ物なのよ。」
サイドテーブルに置いてあった小さなぬいぐるみを、不思議そうに見つめていたためだ。
「また 来てくれると思うけど・・ トランクスに届けさせた方がいいかしらね。」
トランクスとパンちゃん。 わたしは、二日前の二人のことを思い出す。
「ほんとにお似合いだと思うんだけどな、 あの子たち。」
「フン、また その話か。」
「まあ それは置いとくとしてね、 この子とパンちゃんは、同級生になるわけでしょう?」
おなかをさすりながら、ベッドから下りる。
「同じ幼稚園に通わせようって、ビーデルちゃんとも話してたのよ。
きっと トランクスと悟天くんみたいに、いい友達になるわね・・。」
「まったく、 どこまでも気が早い奴だ。」
呆れ顔のベジータの 言葉が終わらないうちに、わたしは あっ、と声をあげた。
「今度はなんだ。」
「あのね、悟天くんと この子っていうのも考えられるなーと思って。」
「なんだと・・?」
露骨にイヤな顔をして、ベジータは外へ飛び去ろうとしている。
あわてて 声をかける。
「また、夜にね。 この窓、ロックしないでおくから。」 そして、小さく付け加える。
「待ってるから・・。」
彼が帰っていった後、ベッドの上に腰をおろして手鏡を見る。 瞼が少し、腫れている。
「冷やさなきゃ。 氷って、もらえるのかしら。」
昨夜 あんなに涙が出たのは、昔のことを思い出してしまったせい。 だけど、それだけではなかった。
少し前に 母を見送ったわたしは、こんなことを考えるようになっていた。
今までは、ベジータが わたしの元から去ってしまう、そのことばかりを恐れていた。
でも、もしも。
抗えない理由で、わたしの方が そうなったら。
「だからね、 うちのことや ベジータのことを、よくわかってくれる人がいいなって、思ったのよ。」
話しかけながら おなかをさすると、ポコン ポコンと元気に動いた。
『わかったわ。』 まるで、そう返事をしているみたいに・・・。
うつむいた わたしはまた、おなかに向かって話しかけている。
「入院は退屈だけど、おかげで 思ってたよりも、早く会えることになったもんね。」
今日もいいお天気だ。
病室の窓から見える四角い空は、まるで絵のようにきれいな青い色をしている。
もう一度、両手のひらで おなかに触れる。 そして つぶやく。
「元気に産まれてくるのよ。」