318.『ハードな人生』

ブログの方のカウンターがぞろ目っぽくなった際に、

Mickey様からリクエストをしていただきました。 天ランです。

夢のあと」の数年後、ブルマ目線にして最後はベジブルで〆てみました。]

その日、 都から遠く離れた場所に ブルマは いた。

今から数か月前、 この地にC.C.社の工場が建てられた。

同社の歴史の中でも最大規模といわれる その工場は、設備はもちろんのこと

従業員へのフォローも素晴らしく、

あらゆる面において地球一であることは間違いない。

 

ブルマはC.C.社のトップだ。

創立の式典には当然、出席するはずだった。

だが 思いがけず二人目の子を授かり、数カ月もの間、重いつわりに苦しめられた。

復帰して すぐに訪れるつもりだったのだが、休んでいた分の仕事に追いまくられ

結局、産休直前である こんな時期になってしまった。

 

到着して間もなく、最新の設備を隅々まで見学し、

現地採用の従業員たちに 挨拶と激励の言葉をかけて まわった。

この後は おそらく、長時間に及ぶ接待が待っているのだろう。

ブルマは案内役の目を盗んで、自分を取り巻いている人々の群れから離れた。

 

実は さっきから、おなかが張って仕方がないのだ。

けれど もし それを口に出せば、かなり大げさなことになってしまう。

工場の裏手。  

人影のない その場所で、ブルマは深く呼吸をし、腹部の力を抜いてリラックスするよう努めた。

用意してきた薬を、飲まなくても済むように。

 

目の前には山々がそびえたち、手つかずの自然が溢れている。

こういった場所に 何かの施設を建てる場合、反対の声があがることは よくある。

しかし今回、その手の運動は全くと言っていいほど 起こらなかったそうだ。

理由は 地域の貧しい人々に雇用をもたらしたこと、

そして、何といっても C.C.社のクリーンなイメージによるところが大きい。

先程 案内してくれた男性は、何度もそれを口にしていた。

 

とても ありがたいことだし、自分は つくづく恵まれていると思う。

だが こういった・・

いかにも社長、といった仕事は正直 あまり楽しくなかった。

やはりブルマは、機械いじりが好きなのだ。

それと 他社がまるで思いつかないような、新製品の開発も。

ブルマの父であるブリーフ博士も まったく同じ考えで、

だからこそ さっさと娘に後を継がせたのだ。

中学生となったトランクスが一人前になるまで、あと10年。

あと もう少し、元気で頑張らなくては。

そんなことを考えながら、ブルマが自分の おなかをそっと撫でた、その時。

 

「大丈夫ですか?」 と 声をかけられた。

声の主は、同年代の女性だ。

くせのある長い黒髪を束ねて、この工場の作業服を着ている。

大きな黒い瞳で こちらをじっと見つめた後、丁寧に頭を下げる。

「お久しぶりです、 ブルマさん。」

「え? あっ・・ もしかして、ランチさん?」

「はい、そうです。」  「うわあ、驚いた! 久しぶりね・・・。」

 

仲間たちのライバルで、のちに戦友のような存在となった天津飯に恋をして

カメハウスを去って行った彼女。

それから ずいぶん月日が流れた ある日。

何かの時に会ったクリリンの口から、二人が一緒になったことを聞かされた。

 

「そういえば この辺りに住んでたんだったわね。 元気だった? えーと、 ご家族も。」

「はい、 みんな元気です。 娘が生まれた時には、お祝いをありがとうございました。」

そう。 彼らは幼い娘を連れて、カメハウスを一度 訪れている。

なつかしい顔が揃う集いに、ブルマも是非 参加したいと思った。

だが どうしても、抜けられない仕事があったのだ。

 

「ランチさん、 ここで働いてるの?」

「はい。 ここが出来て本当によかった。 とっても いい職場です。」

操業に直接関わっているわけではないけれど、

そう言ってもらうと やはり うれしい気持ちになる。

「よかったわ。 幸せそうね、ランチさん。」

「ブルマさんこそ。」

「まあ、不幸せじゃないけどね。 だけど働きづめよ。」

「ふふっ。 わたしも、ずーっと そうですよ。」

笑顔の彼女に、質問してみる。 誰もが気になるであろうことを。

「あの・・  天津飯くんって、仕事してるの?」

「週に何度か、近くの子供たちに武術を教えているんです。」

「そうなの。 彼にピッタリじゃない。」

「でも、貧しい家の子からは月謝をとらないし・・。 はっきり言って、ほとんどお金になりません。」

「あはは、 なるほどね・・。」

戦う男の妻というのは、それぞれ苦労が多いようだ。

 

その時、 強い風が吹き付けた。

「はっくしょん!」

ランチが大きな くしゃみをし、ブルマは思わず身構えた。

しかし、何も起きなかった。 本当に、何も。

彼女は小さく つぶやいた。 「あの子は もう、出てきません。」

そして続ける。 まるで、ひとり言のように。

「子供の頃 わたしは、自分のことを不運だと思っていました。

 だけど違った。 とても幸運だったんです。 そして、今は幸せです。」

 

エンジンの音が聞こえる。

旧式のジェットフライヤーが近づいてくる。

空を見上げ、ランチは大きく手を振った。

「あら、お迎えなの? いいわねえ・・・。」

ブルマが うらやましげな声を上げて間もなく、やや離れた場所に機体が着陸した。

ずっと坊主頭であるためか、天津飯の印象は 昔と ほとんど変わらない。

だが、5歳くらいの女児・・・

自分の娘を抱き上げて 機体から降ろしてやる姿は、やはり いっぱしの父親に見える。

ここはC.C.社の工場だ。

いつか こんな日がやってくると予想していたのか、彼は さほど驚くことなく

ブルマに向かって一礼をした。

 

彼らの幼い娘が、こちらに向かって駆け寄ってくる。

「こんにちは。」

ぺこりと、小さな頭を下げる。

「こんにちは。 ご挨拶が上手ね。 おりこうさんね。」

くせのある金髪も、顔立ちも、もう一人のランチに よく似ている。

「ねえ、おばちゃんのおなかには赤ちゃんがいるの?」

・・・そう呼ばれるのは 大嫌いだった。

だが、相手は幼児なので許すことにする。

「そうよ。 この子も女の子なの。 もうすぐ生まれてくるわ。

 今度会ったら、遊んであげてくれる?」

「うん、いいよ。 だけど・・、 」 「なあに?」

「これ見ても、ビックリしないかな?」

小さな彼女は そう言って、額に厚く下ろしてあった前髪をかきあげた。

「・・・ 。」

ああ、 この子は間違いなく、あの父親の娘だ。

 

自分のおなかを指さしながら、ブルマは答える。

「平気よ。 この赤ちゃんもね、長―いシッポがはえてると思うから。」

「へえ〜。 かっこいいー。」

目を輝かせ、声をあげて彼女は笑う。

満面の笑顔。  その笑顔は、誰から譲られたものなのだろうか。

 

目の前の小さな彼女の両親が結ばれたいきさつ。

ブルマは それを、詳しく聞いていない。

けれども きっと、さまざまなことを乗り越えて、今日の幸せを手にしたのだろう。

飛び去って行く ジェットフライヤーを見上げながら、ブルマは そう考えていた。

 

携帯電話を取り出す。

どっちにせよ トランクスが聞くことになるのだろうけど、

息子の携帯ではなくて 自宅の番号を押す。

留守電に向かって、話を始める。

「明日には帰れるわ。 ちゃんと宿題するのよ。

 こっちの、何か おいしそうな物をおみやげに買って帰るわね。 それと、 」

一旦 言葉を切る。 そして、続ける。

「・・ベジータに、 」

やっぱり やめておこう。 明日、戻ったら 言えばいいのだ。

その時。  「・・・ 

 

声は聞こえない。 

けれど 電話の向こうに人がいることは わかる。

「? トランクス?」 「・・違う。」

「えっ、 ベジータなの?」

驚いた。

「あんたが電話をとることなんて あるのね。」

「用は なんだ。」 「明日、帰るわ。」 「それは もう聞いた。」

だったら、ちゃんと出ればいいのに・・・。

「用が無いのなら切るぞ。」

「あっ、 待ってよ、 ベジータ。」 「なんだ。」

愛してる。

それだけを告げて、ブルマは電話を切った。

 

「社長! こんな所にいらしたんですか!」

案内役の社員たちが、あわてた様子で こちらに向かってくる。

「さあ、 もうひとふんばりしなきゃね。」

おなかを両手で さすりながら、ブルマは笑顔でつぶやいた。