148.『妊婦と宇宙人』
二人目を妊娠した。
トランクスの時以来、十数年ぶりだ。
あまり人に言わなかったけど ずーっと待ち望んでいて、ここ何年かは
もう、あきらめかけていた。
だから とってもうれしかった。
くやしいけれど、年齢から言って最後のチャンスだったと思うから。
そりゃあ、人工的なことをすれば可能なんだろうけど、
できるなら自然な形で身ごもりたかった。
それにしても、つわりの重さには まいってしまった。
仕事で外に出ていても、何かの匂いが気になってすぐに気分が悪くなる。
迷惑をかけるし、気を遣わせてしまう。
周りにも すすめられて、少しの間 休んで家にいることにした。
前の時には、こんなことなかった。
トランクスは、そういう意味でも手がかからない子だ。
夜。 やたらと眠くなる割には 眠りが浅い。
今も気分が悪くなって、目が覚めてしまったところだ。
胃の中のものを出してしまえば、楽になるのはわかってる。
二日酔いの時にも思ったことだけど、わたしは どうもそれがヘタだ。
だから、胃の辺りの不快感が ずっと続くことになる。
広いベッドの向こう端で、ベジータが寝返りをうっている。
目を閉じているけれど、多分眠っていないと思う。
起こしちゃうから、別の部屋で寝た方がいいわよ。
何度もそう言ったのに、彼は今夜もここにいる。
前の時には、考えられないことだった。
わたしたちが そうなった頃。
同じベッドの中で、わたしの隣で、つかの間寝息をたてたとしても
夜が明ける前には いつもどこかへ行ってしまった。
初めて病院へ行って来た日も、ベジータは家にいなかった。
今回と違って 楽にやりすごせたつわりも、彼はまったく見ていない。
あの頃、 わたしは やっぱり若かったのだ。
十数年後の自分や家族がどうなっているか、考えているようで考えていなかった。
ベジータのことを夫と呼んでいるなんて、まるで予想もしなかった。
それでも満ち足りていて、とっても幸せだったのだから・・・。
そんなことを思っていたら、目から涙があふれてきた。
顔を洗いたくて、寝室内にしつらえたバスルームへ向かう。
いつも使っているはずの洗顔料の匂いで、また気分が悪くなる。
洗面台に頭を突っ伏してみても、苦しいだけだ。
さっきとは 別の涙がにじんでくる。
背後に、人の気配を感じる。
顔を上げると、鏡にベジータが映っていた。
彼は 何か言おうとしている。 やはり別の部屋で休む、
そう 言うのだろうと思った。 けれど違った。
「俺は何をすればいいんだ。」 「え・・?」
意味がわからなかったわたしに、別の言葉を使って尋ねる。
「どうしてやればいいんだ、と 聞いてるんだ。」
心配、してくれてるの・・?
別に、なんにもしなくていいのよ。
どこにも行かないで、ずっとわたしのそばにいてね。
そう心の中で言った後でわたしは訴えた。
「お願い、 背中、 さすって ・・・ 」
ベッドに戻った後、
わたしは ベジータが愛飲しているスポーツドリンクを、小さなグラスにうつして飲んだ。
それは よく冷えていて、ほのかな甘みとわずかな塩味が とてもおいしく感じられた。
食欲もずっとなかったから、そう思ったのは久しぶりだった。
「あー、 ずいぶん楽になったわ。 あんたのおかげよ。」
「フン・・・。」
複雑な表情のベジータに向かって、わたしは付け加えた。
「赤ちゃんにげっぷさせるのも上手そうね。」
「なんだ、 それは。」
そうよね。 そんなこと、知らないわよね・・・。
「あのね、 生まれたばかりの赤ちゃんの胃はね・・ 」
説明を聞いたベジータは、心底あきれたように言った。
「地球人は、ガキをそんなふうにして育てるのか。
まったく、だから どいつも こいつも・・・ 」
「トランクスにだって、そうしてたわよ。 だけど強くなったでしょ。」
「それは・・・ 」
「そうね。 あんたのおかげよね。」
そう。 トランクスは、ベジータとの特訓で 強さと礼儀を身につけたんだと思う。
それに・・ わたしもがんばったけど、
小さい頃のトランクスの世話は、母さんたちにずいぶん助けてもらった。
トランクスがいい子に育ってるのは、みんなのおかげだ。
手がかからないなんて、思い込みだった。
本当は あの子なりに、いろんなことを我慢していたんだろうか。
その時。 考え込んでいたわたしの、まだ膨らんでいないおなかに
ベジータが手を当てた。 自分の方から。
わたしは尋ねてみる。 「気とか、感じるの?」
「ああ。」 「そう・・・。」 やっぱり、ホッとしてしまう。
「強い気?」 「まぁ、 弱くはない。」
あら・・・ じゃあ、また男の子なのかしら?
「男か女かはわからないの?」 「そんなことまで わかるか。」
「そうよね。 検査機器じゃあるまいし。」
思わず声を出して笑ってしまった。
なんだか それも、久しぶりだった。
おなかに触れたままのベジータの手を両手で包んで、わたしは尋ねる。
「わたしに元気がないと、 寂しい?」
「静かでちょうどいい。」
うそぶく彼に、もう一つ質問をする。
「抱けなくて、 苦しい?」 「チッ・・・ 」
答えの代わりの舌打ち。 軽口への反応は、出会った頃と変わらない。
トランクスは成長していき、手がかからなくなる。
けれど そのかわり、少しずつ離れていってしまうだろう。
そして、 両親も。
いずれ、 そう遠くないうちに、わたしの元から離れてしまう。
だけど・・
ちっとも変わらないようでいて、少しずつ変わってくれた この人が、
これからもわたしのそばにいてくれるなら・・・。
その夜。
わたしは、心地よいぬくもりと、彼の匂いに包まれて
いつの間にか眠りに落ちていた。
深く、 とても 安らかな。