353.『静かな時間』
[ ブルマが亡くなった少し後のお話です。
次世代カプの他、ベジータ×チチ感がチョットあります。
抵抗のあるかたは閲覧を見合わせてください。]
心の触れ合いといったかんじですが、
夜。
離れで
くつろいでいたチチは、扉の向こうに人の気配を感じた。
「誰だ・・?」 家族のものではない。
用心しながらドアノブに手をかけ、一気に扉を開ける。
「あんた、
」 立っていたのは、ベジータだった。
「今まで一体どこに・・。 みんな
どれだけ心配したと思ってるだ。」
彼は答えない。 チチの方も、それ以上言うのはやめることにする。
彼の持つ
巨大な気を探れば、見つけ出すことはできたのだ。
だが、誰もそうしようとはしなかった。 姿を消していた彼の、心中を察したためだ。
彼の妻、ブルマは
2カ月程前に この世を去った。
「まあ、とにかく入るだよ。」
扉を閉めながら促す彼女に向かって、ベジータは尋ねた。
「ブラは、どうしてる。」
その言葉に、チチは
思わず涙ぐむ。
「そう、
そうだっただ。 産まれただよ、元気な男の子だ。」
泣き笑いの顔で続ける。
「髪は黒で、尻尾があって・・
あんたに よく似てただよ。 あんたとブルマさの、初孫だ・・。」
「・・そうか。」
表情がやわらいだ彼を見つめながら 問いかける。
「会いに行ってやるだな?」
「ああ。」
小さな声で、けれども 彼は確かに頷いた。
「だったら
来るだよ。」 チチが、ベジータの手首を掴んだ。
いきなりのことで、さすがの彼も
うろたえてしまう。
「な、何だ。」
「あんた、 はっきり言って臭うだよ。 ずっと外にいたんだべ?」
亀仙流の使い手であるチチは、普通の女性よりも
ずっと力がある。
あっけにとられている彼を引っ張る形で、洗面所を兼ねた脱衣所へと連れて行く。
「そんな不潔な
なりでは、赤ん坊にさわれねえからな。」
その一言でベジータは仕方なく服を脱ぎ、浴室の扉を開けた。
熱いお湯で体を流し、バスタブにつかる。
その時。 扉の向こうから声が聞こえてきた。
「この服もずいぶん汚れてるだな。 ついでに、洗濯しといてやるだよ。」
「余計なことは
しなくていい。」
だが、そのくらいの言葉で
めげるような女ではなかった。
「C.C. 社製の洗濯機だ。 乾燥機もついてるから、すぐに乾くだよ。 着替えはここに置いておくだ。」
まったく。 強引なうえに
せわしない女だ。
矢継ぎ早に
あれこれとまくしたてて、いつの間にか自分のペースに引きこんでしまう。
そういうところは、出会った頃の
誰かのことを思い出させる・・・。
たっぷりの泡で
髪や体を洗いながら、ベジータはそんなことを考えていた。
浴室を出ると、着ていた服の代わりに
たたんだTシャツとジャージーのズボンが置かれていた。
とりあえず
それを身につけて脱衣所を出る。
すると、食堂のテーブルの上には
湯気の上がった料理が何皿か用意されていた。
「さ、座って
遠慮なく食べるだ。 ろくなものを食べてなかったんだべ?」
確かに、温かい食事は久しぶりだった。
家にいるときでも、ブルマが入院し
不在になってからは いまひとつ食欲がわかなかった。
椅子に座り、料理に箸をつけるベジータに向かって
チチは言った。
「量が足りねえだろうけど、いっぺんに食べ過ぎると
胃がびっくりするからな。」
そう。 思っただけで口には出さなかったけれど、
彼、ベジータはずいぶん痩せてしまっていた。
目の前の皿を、あっという間にからにしながら彼はつぶやく。
「そんなにヤワじゃない。」
「そうかもしれねえけど、あんただって
もう、若くはねえからな。 何せ、おじいちゃんになったしな。」 「フン・・。」
こいつも、口の減らない女だ。
あいた皿をテーブルから下げ、急須でお茶を淹れてやる。
「なつかしいだな、その服。 悟天が家で着てたやつだよ。」
用意された着替えのことだ。 どうりで、見覚えがあると思った。
「上はちょうどいいが、ズボンは
ちょっとなげえみたいだな。」
笑った後で
チチは、こんな話を始める。
「あんた
あの頃、ブラちゃんの面倒をよくみてやってただな・・。」
ブルマの育児休暇が終わって、ブラが幼稚園に入るまでの
あの時期のことを言っているのだろう。
2年半ほどの間だったが、やはり楽ではなかった。
トランクスもいたし、ブラは
それほど手のかかる子供ではないと思う。
しかし、毎日となると
もてあまし気味になる。
孫家に連れて行き、同い年のパンと機嫌良く遊んでくれると
正直助かった。
そういえば
家にいる時には、悟天もよく相手をしてやっていた。
あれから
もう15年以上の歳月が流れ、幼かったブラも母親となった。
この家の次男坊である悟天は、今では娘の夫なのだ。
「ブルマさは、幸せ者だな。」
湯呑に口をつけながら、静かな声でチチは続ける。
「あんたがいてくれたおかげで、仕事の方もあんなに頑張れたんだべ。」
チチは椅子から立ち上がると、何も言わずにティッシュの箱をテーブルに置いた。
向かい合っていた男の頬には、一筋の涙が流れていた。
「・・服は乾いたのか。」 「ああ・・。 今、持ってくるだよ。」
彼は、もう
行くつもりらしい。
さっき
そう答えたのだから、娘と孫の顔を見に 病院へは行くだろう。
だが
その後は、もしかすると また・・。
妻のいない、思い出の多すぎる
あの家に、彼は果たして戻るだろうか。
「なあ、もうちょっと
ここにいねえか?」 「なに?」
さて、こんな時にはどうしたら・・。 チチは頭の中で、めまくるしく思いを巡らせる。
「その・・。 そうだ、
いいことをしてやるだ。」 「な、なんだと?」
彼は
自分の耳を疑った。
まるで、ブルマが自分に言うようなセリフではないか。
「とーっても
気持ちの良くなることだ。 さ、こっちに来るだよ。」
彼女はそう言って、返す言葉が出てこない様子の
彼の手をとった。
扉の開く音がする。 「おばあちゃん・・?」
「ああ、パンか。」 気配を感じて、隣家から様子を見に来たのだろう。
「え・・・!?」
思わず声をあげそうになったパンを見上げて、チチは口元に人差し指を当てた。
驚くのも当たり前だ。
妻の死後、葬儀に顔を見せず、家にも帰らず、皆の前から姿を消していたベジータ。
その彼が、瞼を閉じて横たわっている。
無防備な様子で、祖母の膝を枕にして。
耳かき棒が置いてあるのが目につく。 どうやら、耳掃除をしてもらっていたらしい。
チチは小声で、孫娘に命じる。
「ブラちゃんは
まだ病院だからな。 悟天に電話で教えてやれ。 それと・・ 」
「・・うん。 わかったわ。」
パンが扉を閉めた後、チチは話し始める。 まるで、ひとり言のように。
「息子たちも孫も大人になったし、昔より便利になって、家のことも楽になっただ。 だども、
」
返事が無くとも、構わずに続ける。
「おらの役目は
まだあるだよ。 みんなの行く末を見守ってやることだ。」
膝の上にある髪を、指でそっと撫でてみる。
言うことを聞かない固い黒髪は、誰かのそれを思い出させる。
「それが、子や孫を持ったもんの務めだ。 そうできなくなっちまった人の代わりに、な。」
戦いで
夫が命を落とした時、あるいは 姿を消した後。
この女は自分にそう言い聞かせて、耐えて乗り越えてきたのだろうか。
温かな膝を枕に、ベジータは眠ったふりをし続けた。
もう少し、
あと 少しだけ、こうしていたいと思った。
パンは自分の部屋から電話をかけた。 悟天への連絡を終えた後、C.C. の番号を押す。
まだ
きっと、帰っていないと思うから それほどためらうことはない。
呼び出し音は案の定、留守電の案内に切り替わる。
「もしもし、 お仕事
お疲れ様。」
けれど、そこまで言った後、聞き慣れた声が
耳に飛び込んできた。
『パン?』 「あ・・・。」
少しの間、パンは声がうまく出せない。 けれど
どうにか、言葉を探し当てる。
「・・帰ってたの?」 『つい
さっきね。 どうしたの、電話をくれるなんて。』
でも、うれしいよ。 トランクスが続けた言葉に
あえてふれることなく、取り急ぎ 用件を話す。
「ベジータさん、今
うちに来てるわ。 おばあちゃんの所にいるの。」
『なんだって? ほんとかい?』
「うん。 きっと、C.C. にも帰るんじゃないかしら。 おばあちゃんが、何か言ってくれたんだと思うの。」 『そうか・・。』
しばしの沈黙の後、 パンが先に
口を開いた。 「じゃあ、おやすみなさい。」
『・・うん。』
そして、彼女は
もう一度 口にする。 さっきと同じ一言を、
さっきよりも ゆっくりと。
「お仕事、
お疲れ様。」
受話器を置いたトランクスは、留守電に入っていた
その一言を、何度も何度も 繰り返し聞いた。
静かな夜、 静かな時間が流れていく。
二人の時間もまた、再び動き出すのだろうか。