015.『彼女の不在』

夜。  C.C.

寝つかれないベジータが階下に降りると、

着替えもせず、ネクタイをゆるめただけの姿でトランクスが缶ビールを飲んでいた。

テーブルの上にも空き缶が置かれている。

 

「父さん、まだ起きてたんだ。」

声をかけてきた息子は、以前よりも少しやせたように見えた。

「疲れてるなら、早く休め。」

「わかってる。 ・・・ブラがいないと、やっぱり寂しいね。」

短い沈黙の後で、トランクスはつぶやいた。

「おれも結婚しようかな。でも、そんな理由じゃダメだよな。」

 

寝室。

ここにいると、ブルマの匂いに包まれているような気分になる。

手伝いロボットによってシーツは毎日交換され、清掃も行き届いているはずなのに。

 

昨夜、 前の晩になってからブルマはようやく夫に告げた。

「わたし、明日から入院するの。」

それまで何も聞いていなかったベジータは驚く。

「入院? どこか悪いのか。」

「・・・まぁ、いろいろね。 わたしも若くないから。」

 

そう言いながら、ブルマは横たわっている夫の左胸に顔を埋める。

いつもと同じように。

違っていたのは、背中に腕をまわすことも 体を起して唇を重ねてくることもせずに、

いつまでもそのままでいたことだ。

 

「病院には、どのくらいいるんだ。」

「そんなに長いことじゃないと思うわ・・・ 」

ベジータは、ブルマの髪をそっとなでる。

肩が時折 かすかに震えていたわけを彼は問いただすことができなかった。

 

朝。 

既に身支度を済ませている息子に、声をかけられる。

「午前中は休みにしたから、母さんのお見舞いに行くよ。  昨日はおれも行けなかったからね。」

ああ、 とだけ答えた父にトランクスは尋ねる。

「父さんも行くだろ?」   「・・・気が向いたらな。」

それを聞いたトランクスの表情が、一瞬険しくなった。

「なるべく、一緒にいてあげなよ・・・ 」

その後に、続く言葉は聞き取れない。

 

「何て言った?」

「何も。  ・・父さん、目が赤いね。 昨夜、眠れなかったんじゃないの?」

軽口を残して、息子は玄関から出て行った。

 

一人になった家。

ベジータは、居間に飾られた写真立てを手に取る。

つい先日行われた、ブラの結婚式。

ドレスでうまく隠れているが、娘の腹の中には自分、そしてあの宿敵の孫が宿っている。 

よりにもよって。

運命の皮肉を思い、口元に少しだけ笑みが浮かぶ。

 

その隣に置かれていた写真が目に入る。

ブラが生まれる少し前に撮った家族の写真。

シンプルな形とはいえ、正装させられており

自分とブルマの結婚式の記念写真のように扱われている。

これは、ブルマの母がお膳立てして撮ったものだ。

 

ベジータは思い出す。

腹が立つ程マイペースで、能天気な程明るく、

だが周囲への気配りを忘れなかったブルマの母親。

娘の花嫁姿を見届けた後、久しぶりの孫の誕生を待たずにこの世を去った。

病を隠して、やつれた顔をほとんど見せずいつも笑顔を絶やさなかった。

ごくたまに、彼女が青い瞳を見開くと、驚くほどにブルマに似ていた・・・。

 

ベジータは、はっとする。

やっと、ようやく彼は気付く。

さっき、トランクスが自分に何と言ったのかを。

 

『自分が、後悔しないためにね。』

 

胸の中に、灰色のもやがかかったようだ。

こんな気持ちになったことはない。

故郷の星が無くなった時も。

宿敵がこの世から去ってしまった時さえも。

まるで、足もとが崩れていくような感覚。

 

どういうことだ。 

 

彼は、必死に否定する。

 

まさか・・・