287.『その、寝顔』

病院の最上階にある特別室。

ベランダの、ロックしていない窓が開く音でブルマは目を覚ました。

「眠ってたのか。」  「うん・・・薬が効いてたみたい。」

 

ブルマが片側に移動し、ベジータは靴を脱いでベッドに入り、添い寝をする。

彼女が入院してからは、毎晩そうしているのだ。

 

「重力室、調子悪くなってない?」

「今のところはな・・・。」

「一時帰宅させてもらったら、メンテしなきゃね。

 ブラのおなかの子、男の子みたいよ。 また、あんたに鍛えてもらわなきゃならないものね。」

いつものように夫の左肩の辺りに頭を乗せて、ブルマは続ける。

「いい子になるわね。 トランクスみたいに。

 そしてあんたみたいに、いい男になるんだわ・・・。」

 

身ぎれいにして、明るくふるまっていても

以前よりずいぶんやせたことに気づいていたベジータは

「もう休め。 退院するのが伸びるぞ。」と声をかけた。

「朝までいてくれればいいのに。 夫婦なんだから、構わないじゃない。」

ベジータは答えなかった。

一度病院のスタッフに見られてからは、ブルマが眠った後はC.C.に戻ってしまうのだ。

 

「目が覚めた時一人だと、昔を思い出しちゃって・・・  イヤだわ・・・。」

不平はいつしか寝息に変わっていた。

 

眠る彼女から自分の腕を引き抜き、起こさぬようにそっと唇をかさねた。

そしてなるべく音をたてぬように、窓から出て行った。

 

昔も・・・こんなふうにしてくれてたのよね。

ちゃんと、気づいてたんだから。

 

ほんとうは起きていたブルマは、

若かったあの頃を思い出しながら、再び眠りにおちた。

 

ベジータが温かい体のブルマに触れたのは、その夜が最後になった。

 

 

ベジータが扉を開くと、棺が視界にとびこんできた。

その傍らにはチチが立っていた。

 

「ちょうどいいところに来ただな。  きれいに仕上がったところだ・・・。」

ブルマに、化粧を施していたようだ。

その顔は、彼が最後に見た寝顔のままだった。

 

「ブルマさが入院してすぐに頼まれただよ。 最初は冗談だと思ってたんだが・・・。

 トランクスやブラちゃんにも、きちんと遺言を遺してたらしいな。

 たいしたもんだ・・・。」

 

化粧道具をしまいながらチチは、

「・・・あんたには、いつもどおりでいてほしかったんだべ。」

付け加え、いたわるようにベジータの背中を軽く叩いて、部屋から出て行った。

 

ベジータは、ブルマのくわしい病状を知らされていなかった。

退院できれば、これまでどおりの日々が戻ると信じていた。

 

「おしゃべりなくせに・・・ 肝心なことは黙っていやがる・・・。

 いつも、 いつも・・・。」

 

涙があふれてくる。

 

病室に、ずっと付き添っていてやればよかったのだ。

もう、時間がなかったのなら。

朝まで一緒にいて、と言った彼女の願いを

なぜ聞いてやらなかったのか。

 

ずっと昔、ひどく不安定だった頃。

そんな場合ではないと思いながらも、彼女を求めずにはいられなかった日々。

自分自身への苛立ちを、彼女にぶつけたこともあった。

 

これは罰だ。

殺戮者だった自分への。

 

二度目の死から蘇ったときから、漠然と考えはじめ

今はっきりと悟った。

 

ブルマを愛して、離れ難くなり

宇宙では暮らせない彼女のために地球に留まったこと。

破壊の本能を激しいトレーニングで抑えながら。

 

頑健なサイヤ人とはちがう、ふつうの女であるブルマに先立たれたことも。

 

そして・・・

この先、死ぬまで、彼女に会えない悲しみに苛まれ続けるであろうこと。

 

俺は、罰を受けてやる。

おまえの代わりに、この地球で、

おまえの遺した子供たちの行く末を見守ってやる。

 

ベジータはブルマにそっとくちづけをした。

彼女を起こさぬよう気遣った、あの日と同じように。

 

唇に差された紅がとれないよう、そっと。