079.『死が分かつまで』

ヤムチャ様が装飾の無い白いドアをノックすると、中から

「はい、どうぞ。」 と聞きなれた声がした。

 

「ヤムチャ、来てくれたの。・・・あら、そちらは?」

ボクが変身を解くと、ブルマさんは声をあげて笑った。

いくつになっても、変わらない笑顔。

パジャマは洒落たデザインで、薄化粧もしていて、病気で入院してるなんて思えないほどだ。

 

「やだ、てっきりヤムチャの新しい彼女だと思ったわ。」

「ネコはダメだって看護師に止められちゃってさ。   ・・ベジータは来てないのか。」

ヤムチャ様が尋ねると

「夜、来るの。 日中はお見舞いに来てくれる人と会うからイヤみたい。

 昼はブラがついててくれるのよ。」

ベジータも、いくつになってもあいかわらずみたい。

 

来るときに玄関で会ったブラちゃんは、おなかが目立ってきていて

その話になると本当にうれしそうな顔をした。

 

「ブラは早くに結婚して、若いんだから、たくさん子供を産みなさいって言ってるのよ。

 わたしもほんとは、もっとほしかったわ・・・。」

「おれと一緒になってれば、子だくさんだったかもな。」

ヤムチャ様が軽口を言って、病室は笑いに包まれた。

こんな冗談を言えるほど、長い年月が経ったのだ。

 

「来月になったら、一時帰宅させてもらうの。そしたらC.C.の方にも来てよ。」

エレベーターまでボクたちを見送りながら、あー、タバコが吸いたい。って笑ってた。

 

それがボクたちの見た、彼女の最後の笑顔になった。

あの日から間もなくブルマさんは容体が急変し、息を引き取った。

一時帰宅も、孫を抱くことも叶うことなく。

 

トランクスが立派に取り仕切ったC.C.社の社葬にも

孫家が中心になって行われたお別れの会にも

ベジータは姿を見せなかった。

 

だけど、非難する人はいなかった。

ブルマさんを失った彼の悲しみは、計り知れないから。

 

数日後、ヤムチャ様とボクでブルマさんのお墓参りに出かけた。

 

彼女の好きだった、たくさんの花に囲まれたお墓の前にベジータが立っていた。

 

ボクたちの姿を見て、ベジータは飛び去ろうとする。

 

「待って。」

その時の彼の表情は忘れられない。

ボクはとっさにブルマさんの姿になってしまったんだ。

彼と彼女が出会った頃の。 まだヤムチャ様の彼女だった頃の。

 

「ごめんなさい・・・。」

姿を戻したボクを制してヤムチャ様が言った。

「花はたくさんあると思ってさ。

 おれたちは、これを供えようと思って来たんだ。」

ブルマさんの好きだった銘柄のタバコを取り出し、封を切る。

「おまえが吸えよ。」

 

慣れない手つきでベジータがくわえたタバコに、

ヤムチャ様がライターで火をつける。

鼻をくすぐる煙の匂い。  これも彼女の思い出のひとつだ。

 

「・・あいつの使ってた灰皿を、ここに置いておくようにする。」

やっと口を開いたベジータに、ボクたちはなんだかホッとする。

 

帰ろうとしていたら、彼は何か言いたげにボクを見た。

ヤムチャ様が目配せしてうなずく。

 

ボクはちょっと考えて、またブルマさんに変身した。

大きな戦いの後、神殿で彼を待ってた彼女。

ショートヘアに、赤いワンピース姿の彼女に。

 

ヤムチャ様が後ろを向いた。 泣いてるんだと思った。

 

ボクを・・・ブルマさんを見つめるベジータ。

愛おしさと悲しみの混じったような目。

彼女もきっと見たことがなかったと思う。

だから、ボクも誰にも言わない。

 

ずっと、胸の中にしまっておく。