ベッドの脇に飾られている一枚の写真。

正装したパパとママと、おにいちゃんが写っている。

 

わたしが生まれる少し前に亡くなったおばあちゃんがお膳立てしてくれたという、 

家族だけに見守られた、小さな結婚式。

子供の頃 『どうしてブラは、写ってないの。』 って、ママを困らせたっけ・・・。

 

ママの髪を整えて、薄くお化粧してあげる。

パジャマには、丁寧にアイロンをかけておく。

ママが入院してからは、それがわたしの役目。

 

ママが、お客様やパパの前で、最期までママらしくいられるように。

 

シャワーをあびる体力がなくなってきてからは、髪を洗って、体も拭いてあげるようになった。

ずいぶんやせてしまったけれど、やわらかで貫けるように白い肌を持つママは

やっぱりとってもきれい。

 

異星人で 侵略者だったというパパを引き止め、愛され、おにいちゃんを産んで・・・

40歳をいくつか過ぎて、わたしを産んでくれた。

 

涙がこぼれたことに気付かれないよう、わたしは言う。

「ママはどうして、パパのことを好きになったの?」

 

これまでにも、何度もしてきた質問。

そのたびにママは、困ったように笑いながら

「いつの間にか、なのよね。 なんとなくよ。」 って答えてた。

だけど、この時は違った。

 

「なんにも、知らないんだなあ、って思って・・・。」

「え?」  わたしは聞き返した。

 

「孫くんや、ヤムチャもそんなところがあったけど、 優しさや愛情は、ちゃんと知ってたのよね。

 ・・戦い以外のこと、なんにも知らないんだな、って思ったら

胸の奥がどうしようもなく痛くなって・・・  それから、ね。」

 

今のわたしには、理解できるような気がした。

最後に聞くことができて、本当によかった。

 

おなかの子の顔を、ママに見てもらえなかったことが悲しかったけれど、わたしは幸せだ。

だって、愛する人の胸に縋って泣けるのだから。

 

愛する人。

おにいちゃんには、まだいない。

そしてパパには、もういない。

 

季節が変わろうとしている、よく晴れた日。

わたしは元気な赤ん坊を産んだ。

黒い瞳と髪を持つ、しっぽが生えた男の子。

 

わたしはあの写真をお守りにして、初めてのお産に臨んだ。

 

『ブラはこの時、ママのおなかの中にちゃーんといたのよ。』

 

これから、わたしはこの子の優しくて強いママになる。

 

 

352.『川は流れて留まることなく』