021.『ひざまくら』

「わたしね、 もう長くないみたいなのよ。」

 

母は、いつもの調子であっさりと告げた。

おれと、ブラにだけ。

 

..のトップとしての仕事は、もうほとんどおれに任されていた。

財産や、母が発明した商品の権利に関することも

信頼できる専門家が手配されており、話し合いもほぼ終わった。

マイペースに見えて周到なところは彼女の両親・・・

おれの祖父母を思い起こさせた。

 

身重のブラが家に帰り、夜に父が来る前のひととき、病室で母と二人きりになった。

 

おれは言った。

「母さんは、思い残してることはないの?」

「そうね・・・。ブラの赤ちゃんの顔が見られるといいんだけど。」

母は続ける。

「でも、ブラは大丈夫ね。 家族に恵まれて・・・

 早くに子育てを一段落させて、C..にも協力してくれると思うわ。

 それよりあんたよ。 お嫁さんももらわないで・・・」

「おれより、父さんのことは?」

父のことを話題にすると、母は目を伏せた。 

とても悲しそうな顔になって。

 

大好きだった祖父母が臥せっていた時、子供だったおれは

ドラゴンボールを探して病気を治してもらう、と言った。

祖母も祖父もにこやかに、しかし毅然とこう述べた。

 

これは寿命というものだ。

ドラゴンボールは、まだ死んではいけない命を救うためのものだ、と。

 

おれは祖父母を見送ったことで、

死というものは戦いの敗北によって齎されるだけではないと悟った。

戦闘民族である父は、それを認めることができるだろうか。

 

気づくと、病室のベッドに腰かけた母がおれに向かって手を差し伸べていた。

 

「トランクス、抱っこさせて。」  

「なに言ってるの?」

「わたしがしたいのよ。 おいで。」

おれをいくつだと思ってるんだよ、とつぶやきながらひざまづく。

 

おれの背中に手を添えて、抱きよせながら母は言った。

「わたしが、あんたを生んだのと同じ年だわ。 大きくなったわね。」

こらえていた涙があふれ出す。

母に抱かれて泣くのは、いつ以来のことだろう。

 

母のひざを枕に、おれは浅い眠りに落ちた。

短い夢の中。

おれは赤ん坊の姿で、母の腕の中にいた。

 

子守唄が聞こえ、あごの下で切りそろえられた髪がさらさらと揺れている。

 

離れた場所から父が、母を見つめている。

戦闘服姿の父は、気づかれぬように立ち去った。

愛する女に、何の言葉も遺してやらずに。

 

これは何度か聞かされた、もう一つの世界での光景なのだろうか。

 

死ぬことは恐れていないけれど、お互いの悲しむ顔を見たくない。

父と母は、そんなところが本当によく似ている。

 

あたたかなひざの上で、おれはもう一度目を閉じた。

この世界も夢であったらいい、 そう願いながら。