消灯の時間を少し過ぎたころ、きまって夫はやってくる。

玄関や通用口を決して使わない彼のために、大きなベランダのある特別室を選んだ。

 

「ベジータ。」

返事をせずに靴を脱いで、ベッドに入ると左腕を伸ばす。

わたしはそこにすっぽりと納まって、その日お見舞いに来てくれた人のことなんかを話す。

 

「あんたが仕事してなくって、よかったわ。」

怪訝そうに彼は視線を向ける。

「だって、決まった時間に来れないかもしれないし、

 ・・・心配だもの。 あんたは昔と変わらずカッコいいから。」

くだらん、と撥ねつけながらも髪を梳いてくれる指先が優しい。

 

「わたしが家にいないと、寂しい?」  「そう思うんなら、早く眠ってちゃんと治せ。」

うん、と答えてわたしは目を閉じた。

 

俺は思い出していた。

以前、寝室で妻は同じようなことを口にした。

 

ただし、あの時のブルマはひどく泣いて

よくわからない言いがかりをつけてきた。

後から知ったが、年齢からくる不安定な時期だったらしい。

 

『あんたはちっとも変わらないのに、わたしばっかり年をとって・・。

 あんたは、わたしを置いて行っちゃうんだわ。 誰か別の女と・・・。』

 

くだらないことを言うな、 と一蹴しても埒があかない。

仕方なく抱きよせて背中をさすってやり

『俺は・・・おまえしか・・・  』 抱きたくないんだ。

そう言ってやろうとしたものの、どうしても言葉が詰まってしまい

「女なんて厄介なもの、おまえだけで沢山なんだ。」 とだけ言った。

 

腕の中でブルマが泣きじゃくる様子は、まだ幼かった娘によく似ていた。

その娘も、ブルマが入院する前に慌ただしく式を挙げ、

今年のうちに母親になる。

 

寝姿を他人に見られたくない夫は、わたしが眠るとまた窓から出ていく。

あまり夜が更けないうちに、わたしは眠ったふりをすることにしていた。

 

ベジータ。

わたしはもう治らないの。

もう、家には戻れないかもしれない。

あんたにだけ、話さなくてごめんね。

天国に行くのは怖くない。

もう、一度行ってるし、父さんと母さんにも会える。

少し待てば、仲間たちもやってくる。

 

だけど、あんたにだけは会えないから。

だから、だまってること、許してね。

 

子どもたちは、あんたを決して一人にはしてくれないわよ。

ブラのおなかの子にはきっと尻尾が生えてて、とんでもないパワーを持ってるはず。

あんたが鍛えてくれなきゃね。

だから、あんまり悲しまないでね。

あんたには、いつもどおりでいてほしいの。

 

ごめんね、 ベジータ。

 

103.『許し』