029.『夢うつつ』

[ 馴れ初めの不安定時代と晩年を織り交ぜた お話です。 ]

平和ボケぞろいの星で苦労もせず、ぬくぬくと育ったせいなのだろうか。 

この下品な女は、ひどく怖いもの知らずでもあった。

圧倒的な力の差がある この俺に向かって肌をさらし、無防備に体を投げ出す。

そのことに、そして それを払いのけきれない自分に苛立ち、わざとぞんざいに扱ってやる。

それでも女は、決してめげなかった。

 

か細い両腕を、より一層きつく絡ませて抱きつき、唇を押しつけてくる。

『…。』 

図々しく、舌まで入れてきやがった。 口内を、濡れた舌に くすぐられる。

『くそっ!』 かぶさっている女の、両腕を掴んで引き剥がした。 

『やめろ! いい加減にしろ。』 

女が、不満げな声を上げる。 

『なによ、なんで怒ってるの?』

『黙れ、馴れ馴れしい女め。 あまり 調子に乗らない方が身のためだぞ。』

『ふんだ、悦んでるくせにね…。 ちゃーんと わかってるんだから!』

そう言うと女は、俺の体の ある部分に強い視線を向けた。 

『チッ、下品な いやらしい女め!』

 

それには答えず、女は俺に問いかけてきた。 

『ねえ、ベジータ。』 

『なんだ!』 

『離れてる時… あんたが、外で特訓して C.C.を空けてる時ね。 わたしが恋しくなることって、ある?』

俺はせせら笑った。 

『バカめ、何を言ってやがる。 そんなこと、あるわけがない。 

おまえと こうしているのは単なる気まぐれ、ちょっとした憂さ晴らしにすぎん!』

 

意外にも、女は言い返さなかった。 だが一呼吸置いた後、さらに別の質問をしてきた。

『じゃあね、離れてる時、わたしの夢を見ることって ある?』

『夢だと? おまえの…?』

 

そこで終わった。

そうだ。 今のやり取りは、俺が見ていた夢だったのだ。

この地球に来てから まだ日が浅かった頃、 ブルマを抱くようになって間もない頃の… 

やけにリアルな夢だ。

だが実際に交わした会話というよりは、いくつかの記憶を、つなぎ合わせたような内容だった。

とにかく、ふた月程前、ブルマが入院してからというもの 何故か そんな夢ばかり見る。

「くそっ、目が覚めちまった。」

 

ベッドから出て、窓辺に立つ。

今夜は天気も悪くはないし、外の空気を吸うのもいいだろう。

  もっともらしい言い訳を並べたてながら、俺は夜空を飛んだ。

ブルマのいる病室を、訪ねるためだった。

 

 

これは夢だ。 どうして わかるかっていうと、このところ同じような夢ばかり見るから。

だから 今ではもう、結構楽しみになってきている。

その夢には、ベジータとわたしだけが出てくる。

内容は、彼がC.C.に来て まだ日が浅かった頃、彼に抱かれるようになって間もない頃の やり取りだ。

 

重力室での特訓に行き詰まったベジータは、外に出ることが多くなっていた。

それでも、たまには戻って来た。 

お馴染みの、プロテクターとアンダースーツ、ブーツと手袋を、新しい物と交換するために。

食料も、カプセルに詰めて一緒に持たせた。 

家畜なんかを襲って、トラブルになることを避けるためだ。

そして… 出ていく前に彼は決まって、わたしを強く引き寄せた。

 

ベッドの上で折り重なって、自分勝手に わたしを抱く。

彼のやり方に腹を立てた わたしは事の後、

仰向けになっていたベジータに のしかかり、唇を押しつけた。

きつく結ばれていた 彼のそれも、次第にゆるく開いてくる。 

その隙に舌を差し入れ、ちろちろと小刻みに動かした。

『やめろ! いい加減にしろ。』 

『なによ、なんで怒ってるの?』

本当は、聞かなくたって だいたいわかる。 要するに この男は、主導権を握られるのが嫌いなのだ。

『ふんだ、悦んでるくせにね!』 … 

 

そんな やりとりの後、わたしは彼に質問をした。 

『離れてる時、わたしが恋しくなることってある?』

うれしい答えなんて、返ってくるはずがない。 

それでも彼の表情を動かすこと、感情を揺さぶることが楽しかった。

だから、また質問をする。 

『じゃあね、離れてる時、わたしの夢を見ること ある?』

『夢だと? おまえの…』

 

そこで、終わった。 窓が開く音とともに、ベジータがやって来た。 

消灯時間が、とっくに過ぎている病室に。

 

まるで ごく当たり前のように、彼は、わたしのベッドに横たわる。

何だか、昔を思い出してしまう。 だから入院して以来、ああいう夢ばかり見てしまうのだろうか。

「ちょっと! 上だけでも脱ぎなさいよ。 しわくちゃになっちゃう…。」

上に来ていたシャツを脱がせて、横たわった彼の、肌の匂いを思い切り吸いこむ。

その後は、「ねえ、聞いて。今日はねえ… 」 

この病室であった出来事を話す。

いつもは おもに、お見舞いに来てくれた人や、付き添ってくれているブラに関する話。

ベジータは、楽しそうではないけど一応聞いている。 その辺が、昔とは違うところだ。

 

「今日は午後から、ブラが健診でいなかったの。 だからTVで映画を観てたわ。 

俳優さんが いまいち好みじゃなかったけどね、面白かった。」

「フン、くだらんな。」 

「そう言わないでさ、聞いてよ。 

あのね、ヒロインは50歳くらいの女の人でね、ある日突然、急な病気で死んじゃうの。 

それでね、えーと… 」

自分が発した 『死』 という単語が、胸に突き刺さった。 でも振り切って、話し続ける。

「急だったから いろいろと心残りがあってね、それで幽霊になって、妹の前に現れるの。 

子供のいない人だから、心残りってやっぱり、パートナーのことなのよ。」

「…。」  

ベジータときたら、まるっきり食いついてこない。 

それでも、聞いてくれているのは わかっている。

「でね、妹さんに いくつかのことを頼むんだけど、一番大きな頼み事はね、

パートナーの浮気相手を突き止めることなの。」

ヒロインが長年尽くしたパートナーには、昨今 別の女性の影が見え隠れしていた。 

その相手の特定を、妹に頼んだのだ。

幽霊となった姉からの たっての頼みに応えるべく妹は奔走し、

件の女性の写真を撮ることに成功する。

 

「だけどね、写真を見ても、ヒロインは怒ったり悔しがったりしなかったの。 どうしてだと思う?」

「知るか。 さっさと言え。」 

「自分に そっくりだったからよ。 それも 若い頃の、彼と出会ったばかりの頃の自分にね。」

「… フン。 俺にはよく わからん。」 

「ふふっ、そう言うと思った。」

わたしは一旦言葉を切り、わざと明るい調子で続ける。

「ま、うちとは違うわよね。 

わたしがそういうことを頼むとしたらブラにだけど、わたしの若い頃にそっくりなのもブラなんだもん。」

 

「つまらん おしゃべりはそのくらいにして、もう寝ろ。 休め。」

「えー、もう? つまんないわ。 

だって あんた、いつも わたしが起きる前にいなくなってるじゃない。 昔から、そうだったわ…。」

「別に、そういうつもりじゃない。 目が覚めたら即、行動を開始しているだけだ。」

「そうだったの。 ふーん、だったら わたしも、早起きすればいいってことね。 

それじゃ、寝まーす。」

 

 

ブルマが入院してから二カ月。 同じような やり取りを、俺たちは何度も繰り返している。

こんな夜が、あと どのくらい続くのだろう。

普段通りにふるまうブルマ。 

だが病状については一切話さず、退院の時期を尋ねても、のらりくらりとはぐらかす…。

 

「ねえ、ベジータ。」 

「なんだ。 さっさと寝ないか。」

「だって、さっき あんたが来る前にも 少し眠ったんだもん。 

あのね、わたし そういう時、いつも あんたの夢を見るのよ。」

「夢だと? 俺の… 」

「そうよ。 若い時、トランクスができる前のね。 

それがね、うふっ、夜 ベッドにいる時の夢ばっかりなの!」

「チッ、まったく! どこまで下品なんだ。」

「ほんとねー。 でも しょうがないわ。 

あの頃は そればっかりだったし、ベッドの上でのあんたは、何だかんだ言っても優しかったもの。」

「…。」 

「じゃあ 寝るわね。 おやすみなさーい。」

 

ようやく静かになった部屋。 

傍らのブルマから 微かな寝息が聞こえてきたのは、少しばかり後だった。

夢の中で耳にした、女の言葉がよみがってくる。 

『離れてる時、わたしの夢を見ること ある?』 

 

離れてなどいなくても、これほどまでに近くにいても今夜は、この女の夢を見るかもしれない。

ともあれ、俺も 眠ることにする。 

払っても払っても湧き上がってくる、悪い予感を振り切るためにも。

今、左腕にも 胸にも 確かに、現実のブルマの体温と、息遣いを感じている。