窓のロックは
はずしている。
外壁に張り巡らせてあるセキュリティも・・・ わたしが眠る部屋の一帯だけは、解除してしまった。
理由は
もちろん、修行のために どこかに出かけているベジータが、いつ戻って来ても いいようにだ。
明かりを消した部屋。
ベッドの中で瞼を閉じて、わたしは彼を待っていた。
眠りながら、夢の中でも、いつ来るか
わからない男を待ち続けていた。
そのことが、まさか
こんな事態を招くなんて・・・。
仕事のせいで疲れ気味だった
わたしは、ぐっすりと眠りこんでいた。
だから
気配や物音に すぐに気付くことができず、目元に感じた違和感によって 目が覚めた。
「!?」
何、これ。 瞼が開かない。
「痛っ、」
粘着テープを貼られている。
体を、あっという間に裏返されて、両手首を固定される。
「何するのよ! 誰なの!?」
ベジータじゃないことだけは
わかっている。
少なくとも
この部屋で、彼は そんなことはしない。 その必要が、ないからだ。
「うん、
体も最高だが 声も なかなかだな。」
全然知らない
男の声。
「目を隠しちまってるのが残念だな。 せいぜい、いい声で啼いてくれよ。」
しかも、一人ではない。
「何
考えてるのよ!! こんなことして、ただじゃ済まないんだから!!」
男の一人が、下卑た笑いの後で
ささやく。
「お嬢さん。 あんた
時々、窓から男を引き込んでたよな?」
「・・・!」 ベジータのことだ。
「おれたちはさ、
ちゃーんと見てたんだよ。」
「きゃっ、 あ、
あ ・・ っ」
背後から、左右の胸を
鷲掴みにされる。 パジャマも既に、脱がされていた。
「で、
あの部屋からなら 何とか忍びこめそうだ、ってことになってね。
いろいろ準備して、今夜 ようやく、実行に うつしたってわけ。」
胸を揉みしだく
手は休めずに 男は足を ひょいと かけ、脚を大きく開かせた。
「なあ、まずは、このアングルで撮っておこうぜ。」
「OK。 ああ、 たまんねえな。」
カメラを回している音。 こいつら・・ レイプだけが目的じゃない。
もしかして、撮った画像を使って、C.C.社を脅迫するつもりなの!?
「冗談じゃないわ! やめて! やめなさい! さもないと・・・」
「どうするっていうんだい? お嬢さん、あんたの両親は旅行中。
それに、いざと いう時のために、こんな物も持って来てあるんだ。」
「ひっ・・ 」 頬に、銃口を押し付けられる。
「なっ。
どうせなら楽しくやろうぜ。 おい、キレイに撮れよ。」
「わかってるって。 なるべく早めに替わってくれよ。」
「さあ、
可愛い声を聞かせてくれよな。 そのために、口を塞ぐのは やめにしたんだから。」
仰向けにした
わたしの膝を割って、男は一気に 体重をかけようとした。
「イヤあーっ
・・・!!」
悲鳴をあげた
その瞬間。 空気が さっと、変わるのを感じた。
「なんだ、
おまえは!」
返事は無い。 だけど、「お嬢さんの男だろ。 帰ってもらおうか。」
・・ベジータ? 来てくれたの?
威嚇のつもりであろう
銃声。 だけど そんなもの、役に立つはずがない。
「嘘だろ・・。」 「ば、化け物だ!! ぎゃああっ!!」
叫び、 どこかに
肉を叩きつけるような音、 苦しげな うめき声。
耳を塞ぎたいのに、できない。
でも それも、
すぐに聞こえなくなった。
「ベジータ・・。」 何も言わない。
けれども
やや乱暴に、わたしの手枷をはずしてくれる。
目元に
べったりと貼られている、粘着テープも剥がそうとする。 「痛っ、」
痛い。 皮膚が剥がれてしまいそうだ。
「やめて、痛いの、
お願い・・。」 なのに ベジータは手を止めない。
おなじみの、手袋の感触。
それとともに、生臭い、鉄に似た臭いが鼻を突く。
あの
男たちの血だ。 あいつらは、死んだのだろうか。
圧倒的な力を持ったベジータの手で、虫けらのように殺されたのだろうか。
彼の白い手袋は、今
きっと、赤い色に染まっている・・。
「やめて、 やめてったら!」
さっき自由になった手で、彼の手首を掴もうとする。
お願い、
見たくないの。 男たちの死体を、 赤黒い血飛沫で 汚れてしまった部屋を。
けれども ベジータは、ついにテープを剥がし終えた。
覚悟を決めて、ようやっと瞼を開いた
わたしの、目の前にあった顔は・・・
薄い唇に、皮肉な笑みを浮かべていただろうか。 いつものように。
たしかめることは
できなかった。
何故なら
それらの出来事は 現実に起こったことではなく、わたしの見ていた夢だったからだ。
「おい、
大丈夫か。 ひどく うなされてたぞ。」
ベジータは、少し
あわてた様子だった。 それは、わたしが病人だからだろう。
そう、 ここは総合病院の特別室。 わたしは
入院患者なのだ。
それは
そうと、 いったい どうして あんな夢を見たのだろう。
ずっと付き添ってくれているブラや、お見舞いに来てくれる人たちを避けたいらしく、
ベジータは夜
やってくる。
玄関や通用口を
利用しない彼のために、窓のロックは決して しない。
そのことは
昔、トランクスを授かる前の頃を思い出させた。
そのせいなのだろうか・・。
「こわい夢、見ちゃった。」
考えられる、もう一つの方の理由を述べる。
「昨日はブラが忙しくってね、一人で
いることが多かったの。
退屈で、ずーっとTVのドラマを観てたのよ。 そのせいだわ、きっと。」
「フン。 くだらんものを観るからだ。」
言葉とは裏腹に、そっと、優しく、肩を引き寄せる。
忘れてしまいそうになる。
この人が
その手で、どれだけ多くの命を奪ってきたかということを。
それゆえに
わたしは、先に行くことになる あの世で、彼を待っていることができないのだ。
振り切るように
わたしは言った。
「抱いて。」
数秒ほどの沈黙ののち、ベジータは
わたしを 仰向けにした。
慎重とも言える手つきで、パジャマのボタンをはずしていく。
首筋に唇が、 そして
手のひらが、指先が、胸に触れる。
もっと、 もっと
・・・
その言葉の代わりに、彼の
硬い黒髪に、幾度も指を通している。
なのに今夜も、そこで終わりにされてしまった。
彼なりに、気遣ってくれているらしい。
「別に、ゆっくりだったら
平気なのに。」
こんなふうに
不満を漏らすと、彼は決まって こう言った。
『チッ、
まったく、下品な女め。』
けれど、今日は・・。
「家に戻ってからでいい。 ここは落ち着かん。」
胸が詰まった。 「うん、
そうよね。」
やっと、ようやく
言葉にできた。 「遠慮しながらじゃ、つまんないもんね。」
・・・
病室のベッドの上で、並んで体を横たえながら、彼の手をとる。
容易く、それこそ
指先一つで 人の命を奪う力を持っている ベジータ。
二度目に
やってきてからの地球で 彼が そうしなかったのは、
雑魚は相手にしないという
高いプライドゆえ、だろうか。
でも
のちに、別の理由も加わった。
それが、愛なんだと思う。 この人にとっての。
ああ、もう
あまり、時間は残されていない。
わたしが
この世を去った後、彼は、他の女を抱くだろうか。
わたしが作った手袋をはずして、女の肌に、胸に、触れるのだろうか。
「どうかしたのか?」
「ううん、
何でもないの。 ・・ 好きよ、ベジータ。」
いつも口にしている、愛の言葉。
だけど
それは もしかすると、呪いの言葉なのかもしれない。
わたしの元に、自分の世界、価値観に、彼を縛りつけておくための。
それも
いい。
血塗られた手を持つ彼には、それが相応しいとも思う。
だから
わたしは もう一度言った。
「大好きよ、 ベジータ。」
239.『血塗られた手』
[ 馴れ初めの頃??とブルマ晩年(入院時)の二部構成です。]