041.『優しい嘘』
[ 文中に性描写が含まれます。ご注意ください。]
夜。 消灯がとうに過ぎた頃。
病院の特別室のベランダに、男が降り立った。
大きめのベッドの中で、ブルマは静かに目を閉じている。
それは、いつもの寝顔と変わらないように見えた。
しかし何故か不吉な思いにとらわれ、ベジータは彼女の頬に手を伸ばす。
指先に、ぬくもりを感じる。
安堵したと同時に青い瞳が見開かれ、彼は手首を掴まれた。
「来たわね。」 「ちっ・・・ 起きてたのか。」
その後のやりとりも、家にいる時のそれと変わらない。
靴を脱いだベジータがベッドに入り、ブルマは彼の左肩あたりにすっぽりと納まる。
「昨夜、どうして来なかったの?」
昨日、ブルマは入院した。
「どうせ、すぐに戻ってくるんだろう。」 「まぁ・・・ そうだけど・・・ 」
数秒の沈黙の後、ブルマは話題を変える。
「こういうの、昔を思い出すわ。 あんたはよく、夜遅くに窓から戻ってきたっけ・・・。」
そして 自分勝手に、だけど 時には、ひどく優しくわたしを抱いた。
「おまえは大抵、ぐーすか寝てただろうが。」
「ふりをしてただけよ。 ほんとは大抵、起きてたわ。」
ブルマはベジータに覆いかぶさる。
「待ってたこと、知られたくなかったのよね・・・ あの頃は。」
頬と唇に繰り返す、ついばむようなキス。
焦れて溜息をついたベジータは、体勢を入れ替えて彼女を組み敷く。
深く唇を重ねる。 長く、深く。
「ねぇ・・・ 」 切ない声。 うるんだ瞳が彼を見つめる。
ブルマはベジータの右手をとって、パジャマの中の、胸の上に当てさせた。
かつてはまるで意地になったように跡を残した、彼女の白い、白い肌。
今のベジータは、もう若くない妻の体を、これ以上できないくらいに慎重に愛する。
指先と、手のひらで。 唇と、舌先で。
ブルマの口元がかすかに動く。
「・・・気分が悪いのか。」 「ううん・・・ ちがうの・・・ 」
仰向けになるよう、彼に促す。
「してあげる。 あんたの、好きなこと・・・ 」
彼女の髪に指を埋め込み、 幾度もかきあげながら、荒い息でベジータは言った。
「おまえの好きなことの間違いだろう・・・。」
「まったく、どこが具合が悪いって言うんだ。」
そんなふうにこぼした後で、ベジータは眠りに落ちた。
ブルマは小さく笑う。
その後 薄闇の中で、彼女は夫の寝顔をずっと見つめ続けていた。
朝。
検温のために看護師が部屋に入ってくるまで、ベジータは目を覚まさなかった。
「どうして起こさないんだ!!」
「だって・・・ ぐっすり眠り込んでるんだもの。」
妙にサッパリした顔で、ブルマは笑っている。
「おととい、わたしがいないせいで眠れなかったからじゃない?」
「チッ・・・ 」
ベランダの窓を開け、ベジータは飛び去っていった。
腹を立てながらも、普段と変わらぬ妻の様子に、彼は心の底から安堵する。
すぐに、いつもどおりの日々が戻る。 そうに決まっている。
あいつが俺のそばから消えるなんてこと、あるはずがない。
ベッドの中、 病室の窓から、 ブルマは四角い空を見つめている。
ベジータは、きっと今夜も来てくれるだろう。
だけどわたしは、わたしの方は、いつまで、今のままでいられるのだろうか。
目を閉じる。 涙があふれださないように。
もうじき顔を見せてくれる娘に、決して気取られないように。