048.『口にできない言葉』
ベジータに初めて抱かれた日から、数日後の夜。
わたしたちは、また同じベッドの中にいた。
重力室の爆発事故のケガがようやく治った、包帯のとれた背中に腕をまわす。
この間よりも、直に伝わる気がする。 体の熱さも、呼吸の乱れも。
あの激しい訓練や戦闘を余裕でこなす彼が、こんなことで消耗するはずがない。
この人は、わたしに触れる力の加減に苦慮している。
相手の反応を確かめながら女を抱くのは、たぶんわたしが初めてなのだ。
体を離して、仰向けに横たわったベジータにわたしは言った。
「苦しかったり、痛かったりしたらちゃんと言うから・・・ あんまり気にしないで。」
汗の流れる首筋に唇を押し当て、小さな音をたてて吸ってみる。
びくん、と彼が反応して、顔をしかめたのがわかった。
「・・・おまえは何故、俺とこんなことをしているんだ。」
顔を上げたわたしを、じっと見つめる。
みじかい沈黙のあと、黒い瞳を見つめかえして答えた。
「わかんない。 なんとなくよ。」
答えを聞いたベジータは、口の左端だけを上げる皮肉な笑みを浮かべながら、
再びわたしを組み敷いた。
「そんなに押さえつけなくたって、逃げないってば。」
抱きすくめられて、高鳴る鼓動を気取られぬよう、そんなことを言ってみる。
あんたのことが好きだから、って言えなかった。
どうしてわたしを抱くの、って聞けなかった。
それは怖かったから。
ベジータの答えというより、彼がわたしの前から消えてしまうことが・・。
「フン、まったく、耳にタコができるぜ。」
「いいじゃない。 あの頃言えなかった分、今言ってるのよ。」
あれから20年以上の歳月が流れた。
いろいろなことがあったけれど、二人は結局離れなかった。
夫は、当時とほとんど変わっておらず
妻のほうは年を重ねてはいるが、美しくハツラツとしている。
「また、二人の世界に入っちゃってるよ・・・。」
そして、とうに成人した息子と思春期を迎えつつある娘は、
いつものように仲の良すぎる両親を温かく、
しかし半ばあきれながら見守っているのだった。