182.『呆れた食欲』
「えーっ、 全部食べちゃったの・・・。」
出張から戻ったわたしを待っていたのは、テーブルの上のほとんどカラになった食器と、
食事を終えたベジータだった。
出かけてしまった母さんが、明日まで戻らないと聞かされたのは、ついさっきのことだ。
自動調理器はメンテナンス中だし、冷蔵庫にもたいしたものは入ってなかった。
「あーあ、外で食べてくればよかった・・・。 あ、待ってよ。」
ベジータは、無視して立ち去ろうとする。
何となく腹が立ったわたしは、彼の腕をつかんだ。
「何だ。」 「・・脂がついてるわよ。」
ベジータの手をとって、その指先を口に含んでみる。
彼は顔をしかめたけれど、やめろとは言わなかった。
ちゅっ、 と音を立てて吸う。 舌を出して舐め上げる。
「下品な真似しやがって・・・ 」 「だって、おなかすいてるんだもの。」
だから今度は、彼の唇を味わうことにする。
「何食べたの? これ、何の味?」 「知るか。 いちいち覚えてない。」
「そうよね・・・ 」 歯と、舌の味まで確かめた。
「けど、これじゃ、おなかいっぱいにはならないわね。」
そのまま体を離すことを、彼は許さなかった。
「ちょっと・・・ ダメよ。 破かないで。 すぐ、脱ぐったら・・。」
まったく。 洋服のことを、包み紙か、果物の皮だとでも思ってるんだから。
あれだけ食べるくせに、料理の名前も知らない男。
「ねぇ・・・ 」 食堂の床の上に組み敷かれながら、聞いてみる。
「わたしの名前は、知ってる?」
向き合っていたベジータの唇が かすかに動いたけれど、声に出してはくれなかった。
もう一度尋ねることは できなかった。
わたしも 目を開けていられなくなってしまったから。
「あー、 やっぱりおなかすいた・・・。」
体を起こすと、空腹を示す音が聞こえてきた。
わたしじゃない。 「えっ・・ あんた、もうおなかすいたの?」
床の上に寝転んでいたベジータが、不機嫌に答える。
「さっきは、食い足りなかったからな。」
「あら。 じゃあ、何か作ってあげようか。」
ぎょっとした顔になる。 にくったらしい。
「冗談よ。 あんまり材料もないみたいだし。 電話で、何か頼んであげる。」
床の上に放ってあったバッグの中から携帯を取り出し、デリバリーを頼む。
ベジータも食べるとなると、ちょっとやそっとの量では済まない。
少し時間がかかりそうだ。
「バッグの中に、いいものが入ってたわ。」
食事し損ねた時のための、栄養補助食品。
すっかり忘れてた。 今日は、それを食べる暇もなかった。
包みを開けて、スナックタイプのそれを、半分に割る。
少しだけ大きい方を、ベジータに差し出す。
あっという間に食べてしまうと、彼はぼそりとつぶやいた。
「ここに来る前は、こういうものをよく食った。」 「そうなの・・・。」
こんなふうに、自分のことを話したことは初めてかもしれない。
わたしは、なんだかとってもうれしくなって
まだ残っていたスナックを、ベジータの口元に持っていった。
チャイムが鳴った。 「あっ、来たみたい。」
床に散らばっていた服を拾い集める。
「ほら、破かなくてよかったでしょ。」
何かが足りない気がしたけれど、あわてていたわたしは そのまま食堂を出ようとした。
すると、 「ブルマ。」 名前を呼ばれた。
少し驚いて振り向くと、ベジータが苦々しげに床を指さしていた。
「あら・・・。」
忘れていた一枚を、スカートの下から急いで身につけて、わたしは玄関へ向かった。